市場分析とは

不動産鑑定士が鑑定評価を行うにあたり、市場分析は鑑定評価の精度を左右する重要なプロセスです。市場分析とは、対象不動産が属する市場の構造や動向を分析し、対象不動産の価格形成に影響を与える要因を把握することをいいます。

鑑定評価基準では、市場分析を地域分析と個別分析の一部として位置づけつつ、特に同一需給圏の把握と需給動向の分析を重視しています。

地域分析及び個別分析を通じて、対象不動産がどのような市場を前提に、どのような需給環境の下に置かれているかを明らかにするためには、それぞれの市場の特性に応じた市場分析が必要となる。

― 不動産鑑定評価基準 総論第6章第1節

本記事では、市場分析の全体像、同一需給圏の概念、需要者の特性分析、代替競争関係の把握について体系的に解説します。


市場分析の位置づけ

鑑定評価のプロセスにおける市場分析

市場分析は、鑑定評価の手順の中で、地域分析・個別分析の段階に位置づけられます。具体的には以下のプロセスで行われます。

  1. 対象確定条件の確定 → 対象不動産を明確にする
  2. 地域分析 → 近隣地域・類似地域の分析、同一需給圏の把握
  3. 個別分析 → 対象不動産の個別的要因の分析
  4. 市場分析 → 需給動向・市場参加者の特性の分析
  5. 最有効使用の判定 → 分析結果を踏まえた最有効使用の判定

市場分析は地域分析・個別分析と一体的に行われるものであり、独立したプロセスではなく、両分析を横断する視点として理解すべきです。

市場分析が必要な理由

不動産市場には、一般の財市場とは異なる特性があります。不動産市場は不完全市場であり、以下のような特徴を持っています。

  • 市場の局地性: 不動産の固定性により、市場は地域的に限定される
  • 情報の非対称性: 取引情報が十分に公開されない場合がある
  • 参入障壁: 高額な取引であるため、参加者が限定される
  • 取引の個別性: 同一の不動産は存在せず、取引条件が個別的である

このような不完全市場の特性を踏まえ、対象不動産が属する具体的な市場を特定し、その市場の需給動向を的確に分析することが、適正な鑑定評価のために不可欠です。


同一需給圏の概念

同一需給圏とは

同一需給圏とは、対象不動産と代替関係が成立する不動産が存在する圏域をいいます。同一需給圏の概念は、市場分析の中核をなすものです。

同一需給圏とは、一般に対象不動産と代替関係が成立して、その価格の形成について相互に影響を及ぼすような関係にある他の不動産の存する圏域をいう。それは、近隣地域を含んでより広域的であり、近隣地域と相互に影響を及ぼす関係にある類似地域等の存する範囲を規定するものである。

― 不動産鑑定評価基準 総論第6章第1節

同一需給圏の範囲

同一需給圏の範囲は、対象不動産の用途や種別によって異なります。

不動産の種別 同一需給圏の範囲の例 範囲決定の要因
住宅地 通勤圏、生活圏、学区 交通利便性、生活利便施設
商業地 商圏、商業集積地域 顧客の流動範囲、業種特性
工業地 産業圏、物流圏 原材料・製品の輸送条件
農地 農業地域、市場圏 農産物の出荷先、農業水利

近隣地域・類似地域との関係

同一需給圏は、近隣地域よりも広い概念です。近隣地域は対象不動産と直接的に影響し合う地域であるのに対し、同一需給圏は代替関係を通じて間接的に影響し合う地域まで含みます。

同一需給圏の中には、近隣地域のほか、近隣地域と類似する特性を持つ類似地域が存在します。類似地域は、取引事例比較法において比較対象となる事例を収集する範囲を画定する上でも重要な概念です。


需要者の特性分析

需要者の特性を把握する意義

市場分析においては、対象不動産に対する需要者がどのような属性を持つかを把握することが重要です。需要者の特性は、不動産の価格形成に直接的な影響を与えます。

同一需給圏における市場参加者がどのような属性を有しており、対象不動産に対してどのような観点から、どの程度の需要が存するかを的確に把握することが重要である。

― 不動産鑑定評価基準 総論第6章第1節

需要者の属性の分析項目

需要者の特性を分析するにあたっては、以下の項目を検討します。

分析項目 内容 具体例
需要者の類型 個人か法人か、投資家か実需か 住宅地:個人の実需中心、商業地:法人・投資家中心
需要の質 需要者の支払能力、資金調達方法 高級住宅地:高所得層、一般住宅地:中間層
需要の量 潜在的な需要者の数 駅近物件:需要者多数、郊外物件:需要者限定的
選好・嗜好 需要者が重視する要因 ファミリー層:教育環境重視、単身者:交通利便性重視
代替物件の存在 需要者にとっての代替選択肢 代替物件が多い:価格競争的、少ない:価格形成力あり

需要者特性と最有効使用の関係

需要者の特性分析は、最有効使用の判定に直結します。対象不動産に対する典型的な需要者がどのような使用方法を想定しているかを把握することで、最有効使用を合理的に判定することが可能になります。

例えば、住宅地域に所在する土地について、典型的な需要者が一戸建住宅の建築を目的とする個人であれば、最有効使用は「一戸建住宅用地」と判定されます。一方、都心の商業地域で典型的な需要者が事業用ビルの建築を目的とする法人投資家であれば、最有効使用は「事業用ビル用地」となります。


代替競争関係の把握

代替競争関係とは

代替競争関係とは、対象不動産と市場において競合する関係にある不動産との間の関係をいいます。不動産の価格は、代替可能な不動産との比較によって形成されるため、代替競争関係の把握は価格判断の基礎となります。

不動産の価格は、その不動産の効用が最高度に発揮される可能性に最も富む使用(最有効使用)を前提として把握される価格を標準として形成される。この場合の価格は、利用についての収益性又は快適性が最も高い不動産の価格を上限とし、これらが最も低い不動産の価格を下限として、その不動産の属する市場における代替競争関係の下に決定される。

― 不動産鑑定評価基準 総論第4章

代替競争関係の分析方法

代替競争関係を分析する際には、以下の視点が重要です。

  1. 競合物件の特定: 同一需給圏内において、対象不動産と代替関係にある物件を特定する
  2. 競争力の比較: 対象不動産と競合物件の間で、立地条件・物的条件・価格水準を比較する
  3. 市場シェアの推定: 対象不動産が属する市場における需給の均衡状態を推定する

代替競争関係と価格形成

代替競争関係が活発な市場では、不動産の価格は市場の需給バランスに収斂する傾向があります。一方、代替物件が少ない市場では、個々の不動産の個別性が価格に強く反映されます。

代替競争の程度 市場の特性 価格形成への影響
競争が活発 類似物件が多数存在 市場価格に収斂しやすい
競争が限定的 類似物件が少数 個別性が強く反映される
競争がほぼ不存在 代替物件がない 価格の市場性が乏しい

市場分析の具体的手法

定量的分析

市場分析においては、以下のような定量的なデータを収集・分析します。

  • 取引件数・取引価格の推移: 過去の取引データから市場の活況度を把握
  • 空室率の推移: 賃貸市場における需給の均衡状態を把握
  • 賃料水準の推移: 市場賃料のトレンドを把握
  • 新規供給量: 開発中・計画中の不動産の供給予定量を把握
  • 人口動態: 地域の人口増減、世帯数の変化を把握

定性的分析

定量データに加え、以下のような定性的な分析も重要です。

  • 都市計画の変更予定: 用途地域の変更、都市開発計画の有無
  • 交通インフラの整備: 新駅の設置、道路の拡幅等の計画
  • 大規模施設の誘致・撤退: 商業施設、工場、大学等の移転情報
  • 地域のブランド力: 地域の知名度、イメージの変化

市場分析と価格形成要因の関係

市場分析の結果は、価格形成要因の分析と密接に関連します。一般的要因(経済動向、金利等)、地域要因(立地条件、周辺環境等)、個別的要因(面積、形状等)のそれぞれが、市場の需給動向にどのように影響しているかを統合的に分析することが求められます。


市場分析と鑑定評価手法の関係

取引事例比較法との関係

市場分析は、取引事例比較法の適用において特に重要です。取引事例を収集する際に、同一需給圏から適切な事例を選択するためには、市場分析に基づいて同一需給圏の範囲を的確に画定する必要があります。

また、事情補正や時点修正を行う際にも、市場の需給動向を踏まえた判断が必要となります。

収益還元法との関係

収益還元法の適用においても、市場分析は不可欠です。賃料水準の査定、空室率の見積もり、還元利回りの判定などは、いずれも市場の需給動向に基づいて行われます。

特に還元利回りの査定では、同一需給圏内の類似の投資不動産の利回り水準を分析する必要があり、市場分析の精度が収益価格の信頼性を左右します。

原価法との関係

原価法の適用においても、再調達原価の査定や減価修正において、建設市場や不動産市場の動向を反映させる必要があります。


試験での出題ポイント

短答式試験

不動産鑑定士の短答式試験では、以下のような出題パターンがあります。

  • 同一需給圏の定義: 「同一需給圏とは、近隣地域と同一の範囲をいう」→ 誤り(同一需給圏は近隣地域より広い)
  • 代替競争関係: 「不動産の価格は、代替競争関係の下に決定される」→ 正しい
  • 需要者の特性: 「市場分析においては、需要者の属性を把握する必要がある」→ 正しい
  • 市場分析の位置づけ: 「市場分析は地域分析・個別分析とは独立した手続である」→ 誤り(一体的に行われる)

論文式試験

論文式試験では、以下のテーマが出題される可能性があります。

  • 同一需給圏の概念と近隣地域・類似地域との関係を論ぜよ
  • 市場分析における需要者の特性分析の意義と方法を述べよ
  • 代替競争関係と不動産の価格形成の関係について論ぜよ

暗記のポイント

  1. 同一需給圏の定義: 「代替関係が成立して、価格の形成について相互に影響を及ぼす」がキーワード
  2. 同一需給圏と近隣地域の関係: 同一需給圏は近隣地域を含む「より広域的」な概念
  3. 代替競争関係の意義: 不動産の価格は代替競争関係の下に決定されること
  4. 需要者の特性分析の項目: 需要者の類型・質・量・選好を整理して覚える
  5. 市場の不完全性: 不動産市場の特性(局地性・情報の非対称性等)を理解する

まとめ

市場分析は、鑑定評価における地域分析・個別分析と一体的に行われるプロセスであり、対象不動産が属する市場の需給動向を的確に把握するための手法です。同一需給圏の概念、需要者の特性分析、代替競争関係の把握が市場分析の3つの柱であり、これらの分析結果は最有効使用の判定や鑑定評価手法の適用に直結します。

試験対策としては、同一需給圏の判定の基準を正確に理解し、具体的な不動産の種別ごとに同一需給圏の範囲をイメージできるようにしておくことが重要です。また、地域分析との関係を整理し、体系的な理解を目指しましょう。