収益還元法の適用範囲と限界
収益還元法の適用範囲の全体像
収益還元法は、不動産鑑定評価の三方式の一つであり、対象不動産が将来生み出す収益に着目して価格を求める手法です。不動産鑑定士試験では、収益還元法の適用範囲が他の手法と比べて広いことが重要な論点として繰り返し出題されます。
鑑定評価基準は、収益還元法の適用範囲について次のように定めています。
収益還元法は、文化財の指定を受けた建造物等の一般的に市場性を有しない不動産以外のものにはすべて適用すべきものであり、自用の不動産といえども賃貸を想定することにより適用されるものである。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
この規定は、収益還元法の適用範囲が極めて広いことを示しています。本記事では、この広い適用範囲の趣旨と、それでもなお適用が困難な場面について詳しく解説します。
収益還元法の適用範囲拡大の趣旨
なぜ広く適用すべきとされるのか
鑑定評価基準が収益還元法の広範な適用を求める背景には、以下のような趣旨があります。
第一に、不動産の価値の本質が収益性にあるという認識です。不動産を保有することの経済的な意味は、その不動産から将来にわたって得られる経済的利益(使用価値を含む)にあります。したがって、不動産の価値を収益性から把握するアプローチは、理論的に最も本質的なものといえます。
第二に、不動産市場の成熟があります。不動産の証券化の進展やREIT市場の発展により、不動産を収益物件として捉える投資家の視点が一般化しました。市場参加者が収益性を重視して価格を形成する場面が増えたことで、収益還元法の実務的な重要性が高まっています。
第三に、鑑定評価の精度向上です。収益還元法を積極的に適用することで、原価法や取引事例比較法だけでは十分に把握できない不動産の経済的価値を補完し、三方式の併用による鑑定評価の精度向上を図ることができます。
適用範囲の拡大の経緯
鑑定評価基準の改正の歴史において、収益還元法の適用範囲は順次拡大されてきました。かつては賃貸用不動産への適用が中心でしたが、現行基準では「市場性を有しない不動産以外のすべて」に適用すべきとされており、自用の不動産にも適用が求められています。
この適用範囲の拡大は、不動産市場と鑑定評価の実務の発展を反映したものであり、試験では頻繁に問われる論点です。
自用不動産への適用方法
自用不動産に収益還元法を適用する意義
自用の不動産(所有者自身が使用している不動産)は、現実には賃料収入を生み出していません。しかし、鑑定評価基準は「賃貸を想定することにより適用される」と明記しています。
この規定の趣旨は、自用の不動産であっても、賃貸に供した場合に得られるであろう賃料(想定賃料)を基礎として収益価格を求めることができるというものです。
想定賃料に基づく収益還元法
自用の不動産に収益還元法を適用する場合の基本的な手順は以下の通りです。
- 想定賃料の査定: 対象不動産を賃貸に供した場合に得られるであろう適正賃料を査定する
- 総費用の見積もり: 貸主が負担する費用(維持管理費、修繕費、公租公課等)を見積もる
- 純収益の算定: 想定賃料から総費用を控除して純収益を求める
- 還元利回りの査定: 類似の賃貸不動産の利回りを参考に還元利回りを査定する
- 収益価格の算定: 純収益を還元利回りで還元して収益価格を求める
想定賃料の査定の留意点
想定賃料を査定する際には、以下の点に留意する必要があります。
- 賃貸市場の実勢を反映: 近隣の類似不動産の賃料水準を調査し、市場の実勢に基づいた賃料を想定する
- 対象不動産の個別性を反映: 立地、面積、設備水準等の個別的要因を考慮する
- 合理的な賃貸条件を設定: 一般的な賃貸借契約の条件を前提とする
- 最有効使用との整合性: 想定する賃貸用途が最有効使用と整合していること
収益還元法の適用が有効な不動産
賃貸用不動産
収益還元法が最も直接的に適用できるのは、賃貸用不動産です。
| 不動産の種別 | 収益還元法の有効性 | 理由 |
|---|---|---|
| 賃貸マンション | 非常に高い | 賃料収入が明確、市場データが豊富 |
| 賃貸オフィスビル | 非常に高い | 投資家の収益性分析が一般的 |
| 商業施設 | 高い | テナント賃料を基礎とした評価が可能 |
| 賃貸倉庫・物流施設 | 高い | 安定的な賃料収入が見込める |
| ホテル | 高い | 事業収益に基づく評価が一般的 |
投資用不動産
不動産投資の対象となる不動産では、投資家が収益性を重視して取引を行うため、収益還元法による評価が市場の実態に即しています。
REITや不動産ファンドが保有する不動産の鑑定評価では、DCF法を中心とした収益還元法が特に重視されます。
事業用不動産
自社で使用する事業用不動産であっても、賃貸を想定することで収益還元法を適用できます。特に以下のような場面で有効です。
- 企業の資産評価: 保有不動産の経済的価値を収益性から把握する
- 事業再編時の評価: M&Aや事業承継に伴う不動産評価
- 会計上の減損テスト: 保有不動産の回収可能価額の算定
収益還元法の適用が困難な場面
市場性を有しない不動産
基準が明示的に適用の対象外としているのは、「文化財の指定を受けた建造物等の一般的に市場性を有しない不動産」です。
| 市場性を有しない不動産の例 | 適用困難な理由 |
|---|---|
| 文化財指定建造物 | 賃貸が法令上制限されており、賃料の想定が不合理 |
| 宗教建築物 | 宗教目的の利用が前提であり、賃貸を想定できない |
| 公共公益施設 | 公共目的の利用が前提であり、収益概念が不適合 |
| 墓地 | 賃貸や収益の概念が一般的でない |
これらの不動産については、収益還元法ではなく、原価法による積算価格を中心に評価が行われます。
収益の把握が困難な不動産
市場性はあるものの、純収益を適切に見積もることが困難な不動産もあります。
- 極めて特殊な用途の不動産: 類似の賃貸事例がなく、想定賃料の査定が困難
- 開発途上の不動産: 収益が安定するまでの期間が長く、純収益の予測に不確実性が大きい
- 複合用途の不動産: 複数の用途が混在し、収益の帰属を適切に配分することが困難
還元利回り・割引率の査定が困難な場合
収益還元法の適用においては、還元利回りや割引率の査定が極めて重要です。しかし、以下のような場合にはこれらの率の査定が困難になります。
- 投資市場が未成熟な地域: 類似の投資事例が不足し、利回り水準の参考データがない
- 特殊な不動産類型: 類似の投資不動産が少なく、市場利回りの把握が困難
- 市場環境が急変している時期: 利回り水準が不安定で、適切な率の判断が難しい
還元利回り及び割引率の算定に当たっては、対象不動産の個別性を十分に反映すべきである。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
収益還元法の2つの手法と適用限界
直接還元法の限界
直接還元法は、一期間の純収益を還元利回りで還元するシンプルな手法ですが、以下のような限界があります。
- 収益変動への対応の限界: 一期間の純収益を基礎とするため、将来の収益変動を明示的に反映しにくい
- 標準化の困難: 純収益の「標準化」(一時的な変動を排除した安定的な収益水準の推定)に主観的判断が入りやすい
- 保有期間後の処分価値の未反映: 保有期間終了時の復帰価格が暗黙の前提に留まる
DCF法の限界
DCF法は、各期の純収益と復帰価格を割引率で現在価値に引き直す手法ですが、以下のような限界があります。
- 予測の不確実性: 保有期間中の各期の純収益を個別に見積もる必要があるため、予測の精度に大きく依存する
- 割引率の査定の困難: 各期のリスクを反映した割引率の査定が困難な場合がある
- 復帰価格の見積もりの不確実性: 保有期間終了時の売却価格の予測に不確実性が伴う
- 前提条件への感度の高さ: 割引率や賃料変動率の僅かな変化が評価結果に大きな影響を与える
直接還元法とDCF法の使い分け
| 状況 | 適する手法 | 理由 |
|---|---|---|
| 収益が安定的 | 直接還元法 | 一期間の純収益で代表させることが合理的 |
| 収益変動が見込まれる | DCF法 | 各期の変動を明示的に反映できる |
| 市場データが豊富 | 両手法の併用 | 相互検証による精度向上 |
| 市場データが不足 | 直接還元法 | パラメータが少なく推定がシンプル |
収益還元法の限界への対処法
三方式の併用による補完
収益還元法の限界を補うために、原価法や取引事例比較法を併用することが重要です。
- 原価法との併用: 収益価格が費用性の観点から合理的かどうかを検証する
- 取引事例比較法との併用: 市場の実勢との整合性を確認する
感度分析の実施
DCF法を適用する場合、主要なパラメータ(割引率、賃料変動率、空室率等)を変動させた場合の結果の変動幅を確認する感度分析を行うことが有効です。これにより、評価結果の信頼性と不確実性の程度を把握できます。
複数のシナリオの検討
将来の収益予測に不確実性がある場合、楽観的・標準的・悲観的な複数のシナリオを設定し、各シナリオにおける収益価格を算定する方法も有効です。
試験での出題ポイント
短答式試験
不動産鑑定士の短答式試験では、以下のような出題パターンがあります。
- 適用範囲: 「収益還元法は賃貸用不動産にのみ適用される」→ 誤り(自用の不動産にも適用可能)
- 自用不動産への適用: 「自用の不動産は賃貸を想定することにより収益還元法が適用される」→ 正しい
- 適用除外: 「文化財の指定を受けた建造物には収益還元法を適用すべきである」→ 誤り(市場性のない不動産は除外)
- 基準の規定: 「収益還元法は市場性を有しない不動産以外のすべてに適用すべきものである」→ 正しい
論文式試験
論文式試験では、以下のテーマが出題されます。
- 収益還元法の適用範囲とその拡大の趣旨について論ぜよ
- 自用の不動産に対する収益還元法の適用方法について述べよ
- 直接還元法とDCF法のそれぞれの限界について論ぜよ
暗記のポイント
- 基準の条文: 「市場性を有しない不動産以外のすべてに適用すべき」「自用の不動産といえども賃貸を想定することにより適用される」
- 適用除外の範囲: 文化財の指定を受けた建造物等の市場性のない不動産のみ
- 自用不動産への適用: 想定賃料に基づく収益還元法の適用プロセス
- 直接還元法とDCF法の限界の違い: それぞれの手法固有の限界を整理する
- 適用範囲拡大の3つの趣旨: 価値の本質、市場の成熟、精度向上
まとめ
収益還元法は、鑑定評価の三方式の中で最も広い適用範囲を持つ手法です。市場性を有しない不動産を除くすべての不動産に適用すべきとされ、自用の不動産であっても賃貸を想定することで適用が可能です。この適用範囲の広さは、不動産の価値が本質的に収益性に基づくという認識と、不動産市場の成熟を背景としています。
一方で、収益の把握が困難な不動産や、還元利回り・割引率の査定が困難な場合には適用に限界があります。原価法や取引事例比較法との併用により、収益還元法の限界を補完しつつ、鑑定評価の精度を高めることが不動産鑑定士に求められる実務能力です。