試算価格の調整と鑑定評価額の決定
試算価格の調整とは
試算価格の調整とは、鑑定評価の三方式(原価法・取引事例比較法・収益還元法)によって求められた複数の試算価格を比較検討し、鑑定評価額を決定するプロセスです。不動産鑑定士試験において最も重要な論点の一つであり、各試算価格の再吟味と説得力の判定を経て、最終的な鑑定評価額が導かれます。単純な平均や機械的な計算ではなく、鑑定士の専門的判断に基づく総合的な調整が求められます。
鑑定評価の手法の適用により求められた各試算価格又は試算賃料の再吟味を行い、かつ、各試算価格又は試算賃料が有する説得力に係る判断を行い、それらに基づいて対象不動産の鑑定評価額の決定を行うものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第8章
試算価格の調整の意義
なぜ調整が必要なのか
鑑定評価基準では、原則として三方式を併用することを求めています。三方式は、不動産の価格の三面性(費用性・市場性・収益性)にそれぞれ着目した手法であり、同一の対象不動産に対して異なる試算価格が導かれるのが通常です。
鑑定評価の手法は、[中略] 原価法、取引事例比較法及び収益還元法に大別され、不動産の価格は、これらの三方式のうちいずれか二以上の方式を併用して求めなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章
各試算価格は、それぞれの手法が着目する側面の違いや、適用過程における前提条件の違い等により、必ずしも一致しません。このため、複数の試算価格を比較検討し、各試算価格の合理性と説得力を判定したうえで、最終的な鑑定評価額を決定する必要があるのです。
調整の基本的な考え方
試算価格の調整においては、以下の点が重要です。
- 単純な平均ではない: 各試算価格を機械的に平均するのではなく、説得力に応じた総合的な判断を行う
- 特定の手法の偏重を避ける: 特定の手法の結果のみに依拠せず、各手法の長所・短所を踏まえて判断する
- 鑑定士の専門的判断: 調整は鑑定士の知識・経験・判断力に基づく専門的なプロセスである
試算価格の調整の手順
第1段階: 各試算価格の再吟味
試算価格の調整の第一歩は、各試算価格について再吟味を行うことです。再吟味とは、各手法の適用過程を振り返り、その合理性を検証する作業です。
各試算価格又は試算賃料の再吟味とは、各手法の適用において行った各種の判断の適否、各手法に共通する価格形成要因に係る判断の整合性及び各手法に即してそれぞれ求められた試算価格又は試算賃料についてその適用された各手法の特性からの検討を踏まえ、対象不動産の価格に関する情報としてそれぞれの試算価格又は試算賃料がどのような性格を有しているかを吟味することをいう。
― 不動産鑑定評価基準 総論第8章
再吟味では、以下の3つの観点から検証を行います。
1. 各手法の適用において行った各種の判断の適否
各手法を適用する過程で行った個々の判断が適切であったかを確認します。
2. 各手法に共通する価格形成要因に係る判断の整合性
複数の手法で共通して用いた判断(例: 最有効使用の判定、市場動向の認識等)が、手法間で整合しているかを確認します。
例えば、原価法では建物の耐用年数を50年と判定したのに、収益還元法では30年後の取壊しを前提としたDCF法を適用しているような場合、整合性に問題があります。
3. 各手法の特性からの検討
各手法がどのような側面に着目し、どのような限界を有しているかを踏まえ、各試算価格の性格を把握します。
| 手法 | 着目する側面 | 特性・限界 |
|---|---|---|
| 原価法 | 費用性 | 市場の需給を直接反映しない |
| 取引事例比較法 | 市場性 | 適切な事例の入手が前提 |
| 収益還元法 | 収益性 | 将来予測に依存する |
第2段階: 各試算価格の説得力の判定
再吟味を経た後、各試算価格が有する説得力を判定します。
各試算価格又は試算賃料が有する説得力の判断に当たっては、(1)各試算価格又は試算賃料の性格、(2)各手法の適用において採用した資料の特性及び限界からくる相対的信頼性について考慮しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第8章
説得力の判定における2つの観点を整理します。
1. 各試算価格の性格
対象不動産の類型や市場特性に照らして、どの試算価格が対象不動産の価格をより適切に反映しているかを判断します。
例えば、以下のように対象不動産の特性に応じて、重視すべき試算価格が異なります。
| 対象不動産 | 重視される試算価格 | 理由 |
|---|---|---|
| 自用の住宅地 | 比準価格 | 取引市場が活発で事例が豊富 |
| 賃貸マンション | 収益価格 | 収益性が価格の中心的な要素 |
| 工場・倉庫 | 積算価格 | 費用性が重視される場面が多い |
| 更地(商業地) | 比準価格・収益価格 | 市場性と収益性の両面から検討 |
2. 採用した資料の相対的信頼性
各手法で使用した資料(取引事例、建設費データ、賃料データ等)の質と量を評価します。
- 取引事例の件数が少ない場合、比準価格の信頼性は低下する
- 再調達原価の算定に用いた建設費データが古い場合、積算価格の信頼性は低下する
- 純収益の見積もりに不確実性が大きい場合、収益価格の信頼性は低下する
第3段階: 鑑定評価額の決定
再吟味と説得力の判定を経て、最終的に鑑定評価額を決定します。
以上の再吟味及び説得力に係る判断の結果を踏まえ、各試算価格又は試算賃料の調和を図ることにより、対象不動産の鑑定評価額の決定を行うものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第8章
鑑定評価額の決定は、各試算価格の「調和を図る」ことによって行います。これは、説得力の高い試算価格を中心としつつも、他の試算価格が示す情報も考慮に入れて、総合的に判断することを意味します。
具体例による理解
事例1: 住宅地の更地
ある住宅地の更地について、三方式を適用した結果が以下の通りであったとします。
積算価格: 3,200万円(原価法)
比準価格: 3,500万円(取引事例比較法)
収益価格: 3,000万円(収益還元法)
再吟味のポイント: – 積算価格: 造成地として再調達原価を求めたが、既成市街地であり適用にやや無理がある – 比準価格: 近隣地域内の取引事例5件を採用。事例は豊富で補正も適切 – 収益価格: 戸建住宅の賃貸を想定したが、自用目的の需要が中心の地域であり、収益性からのアプローチは市場実態に合致しにくい
説得力の判定: 自用の住宅地であり、取引市場が成熟しているため、比準価格の説得力が最も高い。積算価格は参考にとどめ、収益価格は副次的な検証に用いる。
鑑定評価額の決定: 比準価格を中心に、積算価格も考慮して、鑑定評価額を3,400万円と決定。
事例2: 収益用不動産(賃貸オフィスビル)
都心部の賃貸オフィスビル(建物及びその敷地)について、以下の試算価格が得られたとします。
積算価格: 8,000万円(原価法)
比準価格: 8,500万円(取引事例比較法)
収益価格: 7,800万円(収益還元法・直接還元法)
DCF法: 8,200万円(収益還元法・DCF法)
再吟味のポイント: – 積算価格: 建物の再調達原価と減価修正は適切。土地価格は比準価格を基礎としている – 比準価格: 類似の取引事例3件を採用。事例はやや少ないが、地域特性は類似 – 収益価格(直接還元法): 還元利回りの査定に幅がある – 収益価格(DCF法): 5年間のキャッシュフローを精緻に分析。レントロールに基づく信頼性の高い分析
説得力の判定: 収益用不動産であり、投資家は収益性を重視して価格を判断する。DCF法による収益価格が最も精緻な分析に基づいており説得力が高い。比準価格も市場の実勢を反映しており参考となる。積算価格は費用性からの検証として位置づけられる。
鑑定評価額の決定: DCF法による収益価格を中心に、比準価格も考慮して、鑑定評価額を8,300万円と決定。
試算価格の調整における注意点
調整で「してはいけないこと」
試算価格の調整においては、以下の行為は不適切とされています。
- 機械的な平均: 各試算価格を単純に平均して鑑定評価額とすること
- 根拠のない中間値: 理由を示さずに「中間をとった」とすること
- 特定の手法への安易な依拠: 合理的な理由なく特定の試算価格のみを採用すること
- 再吟味の省略: 再吟味を行わずに直接鑑定評価額を決定すること
試算価格に大きな開差がある場合
各試算価格に大きな開差(かいさ)がある場合、その原因を分析することが重要です。
開差の原因としては、以下のようなケースが考えられます。
- 手法の適用過程における判断の誤り: 事情補正が不十分、建設費データが不適切等
- 市場の特殊性: バブル期など、費用性と市場性が乖離している局面
- 不動産の特性: 最有効使用と現況の乖離が大きい場合
開差の原因が手法の適用過程における判断の誤りに起因する場合は、手法の適用をやり直す必要があります。
鑑定評価額の決定に関する留意事項
対象不動産の種類と重視すべき手法
対象不動産の種類によって、重視すべき試算価格の傾向があります。ただし、これはあくまで一般的な傾向であり、個々の案件の状況に応じて判断する必要があります。
| 対象不動産 | 重視される手法 | 補助的な手法 |
|---|---|---|
| 更地(住宅地) | 取引事例比較法 | 収益還元法、原価法 |
| 更地(商業地) | 取引事例比較法、収益還元法 | 原価法 |
| 自用の建物及びその敷地 | 取引事例比較法 | 原価法、収益還元法 |
| 賃貸用建物及びその敷地 | 収益還元法 | 取引事例比較法、原価法 |
| 特殊な建物 | 原価法 | 取引事例比較法 |
鑑定評価額の表示
鑑定評価額は、一つの金額で表示します。幅を持った表示(例: 「8,000万円〜8,500万円」)は認められていません。
鑑定評価額は、原則として一つの金額をもって表示するものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第8章
試験での出題ポイント
短答式試験
- 試算価格の調整の定義と意義
- 再吟味の3つの観点(判断の適否、整合性、手法の特性)
- 説得力の判定の2つの観点(試算価格の性格、資料の信頼性)
- 機械的な平均は不適切であること
- 鑑定評価額は一つの金額で表示すること
論文式試験
- 試算価格の調整の意義と手順の体系的記述
- 再吟味と説得力の判定の内容と方法
- 対象不動産の種類に応じた重視すべき手法の説明
- 試算価格に開差がある場合の対処法
暗記のポイント
- 調整の手順: 再吟味 → 説得力の判定 → 鑑定評価額の決定
- 再吟味の3観点: 「各種の判断の適否」「共通する要因の整合性」「手法の特性からの検討」
- 説得力の2観点: 「試算価格の性格」「資料の相対的信頼性」
- 調整は「調和を図る」ことであり、機械的平均ではない
- 鑑定評価額は「一つの金額をもって表示」する
まとめ
試算価格の調整は、鑑定評価の最終段階において、各試算価格の再吟味と説得力の判定を経て鑑定評価額を決定するプロセスです。再吟味では各手法の適用過程を検証し、説得力の判定では試算価格の性格と資料の信頼性を評価します。
この調整プロセスは、鑑定士の専門的判断が最も求められる場面であり、機械的な平均ではなく総合的な判断が必要です。鑑定評価の三方式の各手法の特性を十分に理解したうえで、対象不動産の種類に応じた調整の考え方を身につけましょう。