満室想定と現況の乖離

収益還元法において、満室を想定した収益現況の空室を反映した収益には乖離が生じることがあります。不動産鑑定士試験において、この乖離をどのように評価に反映するかは、収益還元法の重要な論点です。

純収益を求めるに当たっては、永続的なもの、一時的なものを問わず、その発生の確度を十分検討すべきである。

― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節


空室の類型

空室の分類

空室は、その性質により以下のように分類されます。

類型 内容 評価上の取扱い
構造的空室 市場の需給バランスによる恒常的な空室 中長期の空室率として反映
一時的空室 テナント退去後の募集中空室 リースアップ期間として反映
意図的空室 建替え準備、改装等のための空室 個別に判断

現況空室率と安定空室率

空室率 定義 評価への反映
現況空室率 価格時点における実際の空室率 短期的な収益に反映
安定空室率 中長期的に想定される空室率 中長期の収益に反映

直接還元法での取扱い

満室想定からの空室損失控除

直接還元法では、満室想定の総収益から空室損失を控除して有効総収益を求めます。

有効総収益 = 満室想定総収益 × (1 − 空室率)

【計算例】
  満室想定総収益:12,000万円/年
  空室率:8%
  有効総収益 = 12,000万円 × 0.92 = 11,040万円/年

空室率の設定

空室率は、以下の要素を考慮して設定します。

  • 地域の需給動向:周辺の賃貸市場の状況
  • 物件の競争力:築年数、設備、立地
  • テナント構成:業種の分散、契約形態
  • 過去の空室推移:対象物件の空室実績

DCF法での取扱い

期間別の空室率設定

DCF法では、分析期間中の各期で空室率を変動させることが可能です。

【空室率の推移想定】
  第1期:現況10%(一時的な空室)
  第2期:リースアップにより8%に改善
  第3期以降:安定空室率5%に収束

リースアップ期間の想定

現況の空室が一時的なものである場合、リースアップ期間(空室が埋まるまでの期間)を想定します。

【リースアップの想定】
  現況空室面積:300㎡(賃貸面積の15%)
  市場賃料:月額3,000円/㎡
  リースアップ期間:6ヶ月

  空室損失 = 300㎡ × 3,000円 × 6ヶ月 = 540万円

現況重視と満室想定の選択

現況を重視する場合

以下の場合は、現況の空室を重視した評価が適切です。

  • 空室が構造的・恒常的である場合
  • 物件の競争力が低下している場合
  • 市場全体で空室率が高止まりしている場合

満室想定を重視する場合

以下の場合は、満室想定を重視した評価が適切です。

  • 空室が一時的なものである場合
  • リースアップが確実に見込める場合
  • 物件の競争力が高い場合

価格への反映方法

方法1:収益で反映

空室損失を収益の減少として反映する方法です。

【収益で反映】
  満室想定NOI:10,000万円
  空室損失:800万円
  実際のNOI:9,200万円
  還元利回り:5%
  収益価格 = 9,200万円 ÷ 5% = 184,000万円

方法2:一時的控除で反映

現況空室を一時的な価値減少として控除する方法です。

【一時的控除で反映】
  満室想定NOI:10,000万円
  還元利回り:5%
  満室想定価格 = 10,000万円 ÷ 5% = 200,000万円

  リースアップ期間の空室損失:800万円(一時的)
  収益価格 = 200,000万円 − 800万円 = 199,200万円

方法の選択

状況 適切な方法
構造的空室 方法1(収益で反映)
一時的空室 方法2(一時的控除)
混在 両方を併用

証券化対象不動産の取扱い

エンジニアリングレポートとの整合

証券化対象不動産の評価では、エンジニアリングレポートの内容と整合を図ります。

  • 賃貸借契約の状況:現況空室の確認
  • 募集状況:リースアップの見通し
  • 市場動向:安定空室率の設定根拠

投資家への説明

証券化評価では、空室率の想定について投資家に対する説明責任があります。

  • 現況空室率と安定空室率の乖離理由
  • リースアップ期間の想定根拠
  • 空室率変動の感度分析

賃料ギャップとの関連

現行賃料と市場賃料の乖離

空室への対応とあわせて、賃料ギャップ(現行賃料と市場賃料の乖離)も考慮します。

【パターン別の想定】
  ケース1:空室を市場賃料で埋める → 賃料水準が低下
  ケース2:空室を現行賃料並みで埋める → 難易度が上がる

総合的な収益予測

空室率と賃料水準を総合的に考慮して収益を予測します。

【総合的な予測】
  現況:空室率10%、現行賃料は市場より5%高い
  想定:空室率5%に改善するが、賃料は市場水準に低下

  収益の変化:
  空室減少による増収 > 賃料低下による減収
  → 全体として収益改善

試験での出題ポイント

短答式試験

  • 満室想定現況空室の概念
  • 構造的空室一時的空室の違い
  • リースアップ期間の考え方
  • 空室損失の反映方法

論文式試験

  • 満室想定と現況空室の乖離への対応を体系的に論述
  • 直接還元法とDCF法での空室の取扱いの違いを説明
  • 現況を重視する場合と満室想定を重視する場合の判断基準
  • 具体的な数値例を用いた収益価格の計算

暗記のポイント

  1. 構造的空室:市場の需給による恒常的空室 → 空室率に反映
  2. 一時的空室:募集中の空室 → リースアップ期間で反映
  3. 安定空室率:中長期的に想定される空室率
  4. リースアップ期間:空室が埋まるまでの期間
  5. 反映方法:収益で反映 or 一時的控除

まとめ

満室想定と現況空室の乖離への対応は、空室が構造的なものか一時的なものかを見極め、適切な方法で収益に反映することが重要です。直接還元法では空室率を用いて有効総収益を算定し、DCF法では期間別に空室率を変動させることが可能です。一時的な空室の場合はリースアップ期間を想定し、収益の改善プロセスを反映します。関連する論点として、直接還元法の計算複数テナント物件のDCF法もあわせて学習しましょう。