複数テナント物件とDCF法

複数のテナントが入居する賃貸不動産において、DCF法を適用する場合、テナントごとの契約条件や収支の違いを適切に反映する必要があります。不動産鑑定士試験において、複数テナント物件のDCF法適用は収益還元法の応用論点として重要です。

DCF法は、連続する複数の期間に発生する純収益及び復帰価格を、その発生時期に応じて現在価値に割り引き、それぞれを合計する方法である。

― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節


複数テナント物件の特徴

テナント構成の把握

複数テナント物件の評価では、まずテナント構成を把握します。

確認項目 内容
テナント数 入居テナントの数
賃貸面積 各テナントの専有面積
業種・業態 テナントの業種(オフィス、店舗等)
契約形態 定期建物賃貸借、普通建物賃貸借
契約期間 契約開始日、契約満了日
賃料条件 賃料単価、共益費、改定条件

収支の複雑性

複数テナント物件では、以下の点で収支が複雑になります。

  • テナントごとに賃料水準が異なる
  • 契約満了時期がばらばら
  • 賃料改定のタイミングが異なる
  • 空室リスクがテナントごとに異なる

テナント別DCFの基本構造

収入の積み上げ

各期の収入は、テナントごとの賃料を積み上げて算定します。

【第1期の収入】
  テナントA:月額賃料100万円 × 12ヶ月 = 1,200万円
  テナントB:月額賃料80万円 × 12ヶ月 = 960万円
  テナントC:月額賃料60万円 × 12ヶ月 = 720万円
  共用部収入:100万円
  合計:2,980万円

費用の算定

費用は、物件全体で発生する費用テナントごとに発生する費用に区分します。

【費用の区分】
  物件全体:
  ・維持管理費
  ・修繕費
  ・PMフィー
  ・公租公課
  ・保険料

  テナントごと:
  ・テナント入替費用(退去時)
  ・フリーレント(入居時)

賃料改定の反映

改定時期の異なるテナント

各テナントの賃料改定時期が異なる場合、それぞれの改定時期に合わせて賃料を変更します。

【賃料改定スケジュールの例】
  テナントA:第3期に改定(+3%想定)
  テナントB:第2期に改定(現状維持想定)
  テナントC:第5期に改定(−2%想定)

市場賃料との乖離

現行賃料と市場賃料に乖離がある場合、改定時に市場賃料に近づくことを想定します。

【賃料ギャップの解消】
  現行賃料:月額100万円
  市場賃料:月額90万円
  賃料ギャップ:−10万円

  改定想定:
  ・即時に市場賃料に改定されるケース
  ・段階的に市場賃料に近づくケース
  ・据え置きで乖離が継続するケース

空室・入替の想定

テナント退去の想定

DCF法の分析期間中に、テナントの退去を想定する必要があります。

想定の方法: – 契約満了時に一定確率で退去 – 業種・業態に応じた退去確率 – 個別テナントの信用力を考慮

【退去確率の例】
  契約満了時の退去確率:20%
  分析期間中の退去想定:契約満了テナントの2割が退去

後継テナントの想定

退去後の後継テナントについて想定します。

項目 想定内容
ダウンタイム 退去から入居までの空室期間(3〜6ヶ月等)
募集賃料 市場賃料水準
フリーレント 入居促進のための賃料免除期間
テナント入替費用 原状回復、仲介手数料等

空室率の設定

稼働率と空室率

複数テナント物件では、中長期的な空室率を設定します。

【空室率の設定例】
  現況空室率:5%
  中長期の安定空室率:8%

  DCFの想定:
  第1〜2期:現況空室率(5%)
  第3期以降:安定空室率(8%)へ収束

テナント構成による空室リスク

テナント構成により空室リスクは異なります。

テナント構成 空室リスク
大手企業1社 退去リスクは低いが、退去時の影響大
中小テナント多数 退去リスクは分散、個々の影響は限定的
業種の分散 景気変動リスクの分散効果

DCF法の計算例

前提条件

【物件概要】
  用途:オフィスビル
  延床面積:3,000㎡(賃貸面積2,500㎡)
  テナント数:5社
  分析期間:10年
  割引率:5%
  最終還元利回り:5.5%

【テナント構成】
  テナントA:800㎡、月額賃料320万円、第3期に契約満了
  テナントB:600㎡、月額賃料240万円、第5期に契約満了
  テナントC:500㎡、月額賃料200万円、第7期に契約満了
  テナントD:400㎡、月額賃料160万円、第2期に契約満了
  テナントE:200㎡、月額賃料80万円、第8期に契約満了

収支計算

【第1期】
  賃料収入:(320+240+200+160+80)× 12 = 12,000万円
  その他収入:600万円
  総収入:12,600万円

  運営費用:2,500万円
  純収益(NOI):10,100万円

【第2期】
  テナントD契約満了 → 退去確率20%で退去想定
  退去の場合:ダウンタイム3ヶ月、入替費用発生
  収入減少:160万円 × 3ヶ月 × 20% = 96万円
  入替費用:100万円 × 20% = 20万円

復帰価格

【復帰価格の算定】
  第11期の純収益(想定):10,500万円
  最終還元利回り:5.5%
  復帰価格 = 10,500万円 ÷ 5.5% ≒ 190,909万円

収益価格

【DCF法による収益価格】
  各期純収益の現在価値合計 + 復帰価格の現在価値
  = 78,000万円 + 117,200万円
  ≒ 195,200万円(19億5,200万円)

留意点

テナントの信用力

主要テナントの信用力は、収益の安定性に直結します。

  • 上場企業等:信用リスク低い
  • 中小企業:業績変動のリスク
  • 新興企業:成長性と不安定性

契約形態の確認

定期建物賃貸借契約普通建物賃貸借契約かにより、更新・退去の想定が異なります。

  • 定期建物賃貸借:契約満了で終了、再契約は別途交渉
  • 普通建物賃貸借:更新が原則、正当事由なければ継続

試験での出題ポイント

短答式試験

  • 複数テナント物件における収入の積み上げ方法
  • 空室率ダウンタイムの概念
  • テナント入替時の費用項目
  • 賃料改定のタイミングと想定

論文式試験

  • 複数テナント物件のDCF法適用の手順を論述
  • テナント構成と収益の安定性の関係を説明
  • 賃料ギャップの解消プロセスの想定方法
  • 具体的な数値を用いたDCF計算

暗記のポイント

  1. テナント別積み上げ:各テナントの収入を積み上げて総収入を算定
  2. ダウンタイム:退去から入居までの空室期間
  3. 入替費用:原状回復費、仲介手数料等
  4. フリーレント:入居促進のための賃料免除
  5. 安定空室率:中長期的に想定される空室率

まとめ

複数テナント物件のDCF法適用では、テナントごとの契約条件、賃料水準、改定時期を個別に把握し、収入を積み上げて算定します。テナントの退去・入替を想定し、ダウンタイム、フリーレント、入替費用を適切に反映することが重要です。また、テナント構成による収益の安定性やリスクの分散効果も考慮します。関連する論点として、DCF法の基本証券化対象不動産のDCF法もあわせて学習しましょう。