DCF法における収支項目の査定とは

不動産鑑定士試験の鑑定理論において、DCF法の各期の収支項目の査定は、収益価格の精度を決定づける重要な実務プロセスです。DCF法は保有期間中の各期のキャッシュフローを個別に見積もる手法であるため、各収支項目をどのように査定するかが収益価格全体の信頼性に直結します。

DCF法は、連続する複数の期間に発生する純収益及び復帰価格を、その発生時期に応じて現在価値に割り引き、それぞれを合計する方法である。

― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節

DCF法の各期の純収益は、運営収益から運営費用を控除して求めます。本記事では、DCF法における収支項目の査定方法を、運営収益と運営費用のそれぞれについて詳しく解説します。


純収益の構成

DCF法において各期の純収益を求めるための収支構造は、以下のように整理できます。

運営収益(総収益)
 − 空室等損失相当額
 = 有効総収益(EGI)
 − 運営費用
 = 運営純収益(NOI)
 − 資本的支出
 = 純収益(NCF)

この構造を理解することが、DCF法の収支査定の出発点です。特に証券化対象不動産の鑑定評価では、この収支構造に基づく精緻な査定が求められます。

項目 内容 位置づけ
運営収益 賃料収入・共益費・その他収入等 収入項目の合計
空室等損失 空室・滞納による逸失収入 運営収益からの控除
有効総収益 実際に得られる収益 運営収益 − 空室等損失
運営費用 管理費・修繕費・公租公課等 経常的な支出
運営純収益(NOI) 有効総収益 − 運営費用 資本的支出控除前の純収益
資本的支出 大規模修繕・設備更新等 非経常的な支出
純収益(NCF) NOI − 資本的支出 最終的な各期の純収益

運営収益の査定

賃料収入

賃料収入はDCF法の最大の収入項目であり、査定の精度が収益価格全体を左右します。各期の賃料収入の査定にあたっては、以下の点を考慮します。

  • 契約賃料の水準 — 各テナントの現行契約賃料を基礎とする
  • 市場賃料との乖離 — 契約賃料が市場賃料を上回る(オーバーレント)か下回る(アンダーレント)かを分析
  • 賃料改定の見通し — 契約更新時の賃料改定の方向性と幅を見積もる
  • テナント入退去の想定 — 既存テナントの退去時期と新規テナントの入居時期を想定

DCF法では、直接還元法のように安定的な一期間の賃料を想定するのではなく、各期の賃料水準を個別に設定します。例えば、現行契約が市場賃料より安いアンダーレントの状態であれば、契約更新時に賃料が上昇する見通しを反映できます。

共益費収入

共益費収入は、テナントから徴収する共用部分の管理に係る収入です。実務上、共益費は以下のいずれかの方式で処理されます。

  • グロス賃料方式 — 賃料に共益費を含めて一体で処理する
  • ネット賃料方式 — 賃料と共益費を分離して処理する

DCF法の査定では、どちらの方式を採用するかを明確にし、収入と費用の整合性を保つことが重要です。

水道光熱費収入

テナントから徴収する水道光熱費収入は、テナントの使用に応じて変動する項目です。査定にあたっては、対応する水道光熱費支出との差額(利益相当額)が生じるかどうかを分析します。

駐車場収入

駐車場収入は、付帯する駐車場からの収入です。駐車場の稼働率は建物本体の稼働率とは異なる場合があるため、別途独立して査定する必要があります。特に都心部の商業ビルでは、近隣の駐車場供給状況や交通事情を踏まえた稼働率の想定が重要です。

その他収入

その他の収入としては、以下の項目があります。

  • 看板・アンテナ等の設置料 — 屋上や壁面への設置に係る収入
  • 自動販売機収入 — 共用部分に設置した自動販売機からの収入
  • 臨時収入 — 礼金、更新料等の一時的な収入

これらの収入は金額が小さい場合もありますが、DCF法では各項目を明示的に計上することで、収支の透明性を確保します。


一時金の運用益と償却額

敷金・保証金の運用益

テナントから受け入れた敷金・保証金については、運用益を収入に計上します。

敷金・保証金の運用益 = 預り敷金等の残高 × 運用利回り

運用利回りは、安全性の高い金融商品(国債等)の利回りを参考に設定します。近年の低金利環境下では運用益は小さくなりますが、理論的な計上は省略すべきではないとされています。

礼金・更新料等の償却

礼金や更新料は、テナントの入退去や契約更新の際に一時的に発生する収入です。DCF法では、これらの一時金を発生時期に応じて各期に計上します。

新規入居時の礼金は、テナントの入退去シナリオに基づいて各期に配分します。例えば、テナントが第3期に退去し、新規テナントが入居する場合は、第3期に礼金収入を計上します。


空室等損失の査定

空室等損失は、対象不動産の稼働率に基づいて査定します。DCF法では、各期の稼働率を個別に設定できるため、テナントの入退去を反映した精緻な査定が可能です。

空室率の設定

空室率の設定にあたっては、以下の要素を考慮します。

  • 現況の稼働状況 — 現時点の入居率・空室状況
  • テナントの契約残存期間 — 契約満了時期に応じた退去リスク
  • 市場の需給動向 — 周辺の空室率の水準と今後の見通し
  • 新規募集期間 — テナント退去後、新規テナントが入居するまでの期間
  • フリーレント — 新規募集時に提供するフリーレント期間

DCF法では、満室を前提とした運営収益から空室等損失を控除することで有効総収益を求めます。各期の空室率を個別に設定することで、テナントの入退去サイクルを反映した現実的なキャッシュフローの見積もりが可能になります。

滞納損失

賃料の滞納リスクも空室等損失に含めて考慮します。滞納リスクは、テナントの信用力や業種によって異なるため、テナント属性を踏まえた査定が必要です。


運営費用の査定

維持管理費

維持管理費は、建物の日常的な管理に要する費用です。清掃費、警備費、設備点検費等が含まれます。

査定にあたっては、現況の管理委託契約の内容を基礎としつつ、類似不動産の管理費水準との比較検証を行います。管理会社の変更や管理仕様の見直しにより費用が変動する可能性がある場合は、その見通しも反映します。

修繕費

修繕費は、建物や設備の経常的な補修に要する費用です。DCF法では、経常的な修繕費と大規模修繕(資本的支出)を明確に区分して計上します。

  • 経常的な修繕費 — 小規模な補修や部品交換など、毎期発生する費用
  • 大規模修繕(資本的支出) — 外壁改修、設備更新等の大規模な工事費用(純収益の算定上、別途控除)

修繕費の査定では、建物の築年数や過去の修繕履歴を踏まえることが重要です。

公租公課

公租公課は、固定資産税・都市計画税等の税金です。査定にあたっては、以下の点を確認します。

  • 現況の課税標準額と税率 — 最新の納税通知書に基づく
  • 評価替えの影響 — 3年ごとの固定資産評価替えによる変動
  • 新築物件の軽減措置 — 新築の場合、経年に伴い軽減措置が終了し税額が増加する場合がある

損害保険料

損害保険料は、建物の火災保険・地震保険等の保険料です。建物の構造、用途、保険金額に基づいて査定します。

プロパティマネジメント(PM)フィー

PMフィーは、不動産の運営管理を専門会社に委託する場合の報酬です。一般的に有効総収益の一定割合(3〜5%程度)として設定されます。

証券化対象不動産では、PM契約に基づく具体的な報酬体系を把握し、成功報酬等の変動部分も含めて精緻に査定します。

テナント募集費用

テナント募集費用は、テナントの入退去に伴い発生する仲介手数料や広告宣伝費です。テナント入替えが発生する時期に合わせて各期に計上します。

一般的に、新規賃料の1〜2ヶ月分が募集費用の目安とされます。


資本的支出の査定

資本的支出とは

資本的支出は、建物の価値を維持・向上させるための大規模な支出です。原価法における減価修正との関係でも重要な概念です。具体的には以下の項目が含まれます。

  • 外壁・屋上防水の改修工事 — 10〜15年周期で発生
  • エレベーター等の設備更新 — 20〜25年周期で発生
  • 空調設備の更新 — 15〜20年周期で発生
  • 内装・共用部のリニューアル — テナント入替え時等に発生

計上方法

資本的支出の計上にあたっては、以下の2つの方法があります。

  1. 各年均等計上方式 — 長期修繕計画に基づく総額を保有期間で均等に按分して各期に計上する
  2. 発生時期計上方式 — 実際の発生時期に合わせて各期に計上する

DCF法では原則として発生時期計上方式が理論的に望ましいとされます。なぜなら、DCF法は各期のキャッシュフローを個別に見積もる手法であり、発生時期を反映した計上が手法の趣旨に合致するためです。

ただし、実務上は長期修繕計画に基づく年平均額を参考にして均等計上する場合もあります。


証券化対象不動産における収支査定の特徴

証券化対象不動産の鑑定評価では、DCF法の適用が原則として求められ、収支査定もより精緻かつ透明であることが要求されます。

エンジニアリングレポートの活用

証券化対象不動産では、エンジニアリングレポート(ER)を参照して以下の項目を査定します。

  • 建物の物理的状況に基づく修繕費・資本的支出の見積もり
  • 有害物質(アスベスト等)の対策費用
  • 地震リスク(PML値)に基づく保険料の査定

各テナントの個別分析

証券化対象不動産では、主要テナントごとに賃貸借契約の内容を個別に分析し、以下の項目を精査します。

  • 契約賃料と市場賃料の乖離
  • 契約残存期間と更新の見通し
  • テナントの信用力と退去リスク
  • 特約条項(中途解約条項、賃料改定条項等)

試験での出題ポイント

短答式試験

不動産鑑定士の短答式試験では、以下の論点が出題されます。

  • 純収益の構成 — 運営収益 − 空室等損失 = 有効総収益、有効総収益 − 運営費用 = NOI、NOI − 資本的支出 = NCF
  • 運営費用に含まれる項目 — 維持管理費、修繕費、公租公課、損害保険料、PMフィー等
  • 資本的支出と修繕費の区分 — 経常的な修繕は運営費用、大規模修繕は資本的支出
  • 敷金・保証金の運用益 — 運営収益に含まれる

論文式試験

論文式試験では、DCF法の収支査定の具体的な手順を論述する問題が出題されます。

  • 各収支項目の定義と査定のポイント
  • 運営収益と運営費用の具体的な内訳の記述
  • 証券化対象不動産における収支査定の特徴と留意点
  • 資本的支出の計上方法の比較

暗記のポイント

  1. 純収益の算出構造 — 運営収益 → 有効総収益 → NOI → NCF の流れ
  2. 運営費用の主要項目 — 維持管理費、修繕費、公租公課、損害保険料、PMフィー、テナント募集費用
  3. 資本的支出と修繕費の区分基準 — 経常的か大規模かで区分
  4. 空室等損失 — 空室による逸失収入と賃料滞納損失の両方を含む

まとめ

DCF法の収支項目の査定は、運営収益と運営費用を個別に見積もり、各期の純収益を算定するプロセスです。運営収益では賃料収入の水準と変動見通しが、運営費用では修繕費・公租公課等の適正な見積もりが重要です。資本的支出と経常的な修繕費の区分も、純収益の正確な算定に不可欠な知識です。

DCF法の全体的な計算構造についてはDCF法の基本解説を、保有期間と復帰価格の設定についてはDCF法の保有期間と復帰価格もあわせて学習してください。