DCF法における保有期間と復帰価格の意義

不動産鑑定士試験の鑑定理論において、DCF法の保有期間と復帰価格の設定は、収益価格の精度を大きく左右する重要論点です。DCF法は、連続する複数の期間に発生する純収益と、保有期間終了時に得られる復帰価格を現在価値に割り引いて合計する手法ですが、保有期間をどの程度に設定するか、そして復帰価格をどのように求めるかによって、最終的な収益価格は大きく変動します。

DCF法は、連続する複数の期間に発生する純収益及び復帰価格を、その発生時期に応じて現在価値に割り引き、それぞれを合計する方法である。

― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節

本記事では、保有期間の設定根拠から復帰価格の算定方法、そして直接還元法との関係まで、体系的に解説します。


保有期間(分析期間)の考え方

保有期間とは

DCF法における保有期間とは、分析の対象とする期間のことであり、対象不動産を取得してから売却するまでの想定期間を指します。保有期間中の各期のキャッシュフローを個別に見積もり、保有期間終了時に売却して得られる価格(復帰価格)を加算するのがDCF法の基本構造です。

保有期間の設定は、対象不動産の特性や投資家の典型的な行動パターンを反映して行います。具体的には、以下の要素を勘案して設定されます。

  • 不動産の用途・種類 — 賃貸住宅・オフィスビル・商業施設等によって典型的な保有期間は異なる
  • 投資家の典型的な投資期間 — 機関投資家と個人投資家で期間が異なる場合がある
  • 賃貸借契約の状況 — 主要テナントの契約期間や更新時期
  • 建物の残存耐用年数 — 築古物件では建物の経済的残存耐用年数を考慮
  • 大規模修繕の時期 — 保有期間内に大規模修繕が含まれるかどうか

一般的な保有期間の目安

実務上、保有期間は5年から10年程度に設定されることが多いです。これは、不動産投資における典型的な投資ホライズンを反映したものです。

不動産の種類 典型的な保有期間 設定の考え方
賃貸住宅 5〜10年 契約更新のサイクルを考慮
オフィスビル 5〜10年 テナント契約の更新周期を反映
商業施設 10年程度 長期契約が多いため長めに設定
証券化対象不動産 投資スキームに応じて設定 ファンド期間等を反映

保有期間の長短は収益価格に影響します。保有期間が長いほどキャッシュフローの見積もりが増え、各期の見積もりの不確実性が高まる一方、復帰価格の現在価値への影響は小さくなります。逆に保有期間が短いと、復帰価格の比重が大きくなるため、最終還元利回りの査定精度が収益価格全体に与える影響が増大します。

証券化対象不動産における保有期間

証券化対象不動産の場合、DCF法の適用がより厳格に求められます。保有期間は投資スキームの期間を踏まえつつ、一般的な不動産投資の分析期間も考慮して設定します。

証券化対象不動産では、保有期間中の各年の収支を精緻に見積もることが求められるため、賃貸借契約の個別分析に基づくテナント入退去シナリオの検討が不可欠です。


復帰価格(ターミナルバリュー)の意義と求め方

復帰価格とは

復帰価格(ターミナルバリュー)とは、保有期間の満了時に対象不動産を売却することにより得られると見込まれる価格です。DCF法の計算においては、保有期間中の各期の純収益と並んで、復帰価格が収益価格の大きな構成要素となります。

復帰価格は、保有期間の満了時点における対象不動産の価格であり、保有期間の満了時点における純収益を最終還元利回りにより還元して求めるものとする。

― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節

この定義から明らかなように、復帰価格は保有期間満了時点における純収益と最終還元利回りの2つの要素から算定されます。

復帰価格の計算式

復帰価格の算定は、実質的に保有期間満了時点における直接還元法の適用です。

復帰価格 = 保有期間満了時の翌期の純収益 ÷ 最終還元利回り

ここで注意すべき点は、復帰価格算定に用いる純収益は「保有期間満了時の翌期」の純収益である点です。これは、直接還元法が将来の一期間の純収益をベースとする手法であることから、保有期間終了後の最初の期間の純収益を用いるのが理論的に整合するためです。

復帰価格の収益価格に占める割合

実務的な感覚として、DCF法における復帰価格の現在価値は、収益価格全体の60〜80%程度を占めることが一般的です。この数値が示す通り、復帰価格の算定精度はDCF法の結果を大きく左右します。

保有期間 復帰価格の割合(目安) 特徴
3年 80%前後 復帰価格の比重が極めて大きい
5年 70〜75%程度 標準的な構成比
10年 60〜65%程度 キャッシュフロー部分の比重が増加

保有期間が短いほど復帰価格の比重が大きくなるため、最終還元利回りの査定が特に重要になります。


最終還元利回り(ターミナルキャップレート)の査定

最終還元利回りとは

最終還元利回り(ターミナルキャップレート)は、復帰価格を求めるために用いる還元利回りです。保有期間満了時点における対象不動産の状態を反映した利回りであり、還元利回りとは区別して査定します。

直接還元法の還元利回りとの関係

最終還元利回りは、一般的に直接還元法で用いる還元利回りよりもやや高めに設定されます。これは、保有期間の経過に伴う以下の要因を反映するためです。

  • 建物の経年劣化 — 保有期間終了時には建物の残存耐用年数が短くなっている
  • 設備の陳腐化 — 設備の機能的陳腐化が進行している可能性
  • 市場の不確実性 — 将来時点の市場環境の予測の不確実性
  • 流動性リスク — 売却時点における市場の流動性の不確実性

ただし、建物の大規模修繕やリニューアルを保有期間中に見込んでいる場合には、保有期間終了時の建物状態が改善されるため、最終還元利回りが直接還元法の還元利回りと同程度またはそれより低くなる場合もあり得ます。

最終還元利回りの査定方法

最終還元利回りの査定にあたっては、以下の方法を組み合わせて検討します。

  1. 直接還元法の還元利回りに一定のスプレッドを加算する方法 — 保有期間中の経年劣化等のリスク増加分を加算する
  2. 類似不動産の取引利回りを参考にする方法 — 保有期間終了時点の建物状態と類似する不動産の取引事例から査定する
  3. DCF法と直接還元法の均衡を検証する方法 — 両手法の結果が整合するように調整する

実務では、直接還元法の還元利回りに0.5〜1.0%程度のスプレッドを加算する方法が広く用いられています。ただし、画一的にスプレッドを加算するのではなく、対象不動産の個別事情を踏まえた判断が求められます。


直接還元法との相互検証

DCF法と直接還元法は、いずれも収益還元法の手法ですが、アプローチが異なります。基準では、一方の手法を適用した場合でも、もう一方の手法の適用を検討すべきとされています。

両手法の関係

直接還元法は、安定的な一期間の純収益を還元利回りで割って収益価格を求める手法です。一方、DCF法は各期の純収益を個別に見積もります。理論的には、両手法の前提条件が整合していれば、同一の収益価格が得られるはずです。

具体的には、直接還元法の還元利回りには、DCF法で明示的に表現される以下の要素が暗黙的に織り込まれていると解されます。

  • 将来の賃料変動の予測
  • 空室率の変動
  • 大規模修繕の発生
  • 復帰価格の水準

したがって、DCF法の結果と直接還元法の結果を相互に検証することで、各手法の前提条件の妥当性を確認できます。両手法の結果に大きな乖離がある場合は、前提条件の見直しが必要です。

相互検証の手順

  1. DCF法で求めた収益価格と直接還元法で求めた収益価格を比較する
  2. 両者に乖離がある場合、各手法の前提条件(純収益、割引率、還元利回り等)を確認する
  3. 前提条件の整合性を検証し、必要に応じて修正する

この相互検証の作業は、DCF法の保有期間や復帰価格の妥当性を確認するうえでも有効な手段です。


具体的な計算例

以下に、保有期間と復帰価格の設定を含む具体的な計算例を示します。

前提条件

項目 数値
保有期間 5年
第1期〜第3期の純収益 1,000万円
第4期・第5期の純収益 1,050万円(賃料改定を想定)
保有期間満了時の翌期の純収益 1,050万円
割引率 5.0%
最終還元利回り 5.5%

計算手順

  1. 各期の純収益の現在価値を算出
第1期:1,000万円 ÷ 1.05¹ = 約952万円
第2期:1,000万円 ÷ 1.05² = 約907万円
第3期:1,000万円 ÷ 1.05³ = 約864万円
第4期:1,050万円 ÷ 1.05⁴ = 約864万円
第5期:1,050万円 ÷ 1.05⁵ = 約823万円
純収益の現在価値合計:約4,410万円
  1. 復帰価格を算出
復帰価格 = 1,050万円 ÷ 0.055 = 約19,091万円
  1. 復帰価格の現在価値を算出
復帰価格の現在価値 = 19,091万円 ÷ 1.05⁵ = 約14,958万円
  1. 収益価格を算出
収益価格 = 4,410万円 + 14,958万円 = 約19,368万円

この計算例では、復帰価格の現在価値(約14,958万円)が収益価格全体(約19,368万円)の約77%を占めています。保有期間5年の場合、復帰価格の比重がいかに大きいかがわかります。


試験での出題ポイント

短答式試験

不動産鑑定士の短答式試験では、以下の論点が頻出です。

  • 復帰価格の定義 — 「保有期間の満了時点における純収益を最終還元利回りにより還元して求める」
  • 最終還元利回りと還元利回りの関係 — 一般的に最終還元利回りは還元利回りよりも高い
  • 保有期間の設定根拠 — 対象不動産の用途、投資目的、市場の慣行等を勘案
  • DCF法と直接還元法の関係 — 一方を適用した場合でも他方の検討が必要

論文式試験

論文式試験では、DCF法の意義と計算構造を論述する問題が出題されます。特に以下の点を明確に記述することが重要です。

  • 保有期間の設定根拠と考慮すべき要素
  • 復帰価格の求め方と最終還元利回りの査定根拠
  • DCF法と直接還元法の相互検証の意義
  • 各要素(割引率・最終還元利回り・保有期間)が収益価格に与える影響

暗記のポイント

  1. 復帰価格の定義 — 「保有期間の満了時点における対象不動産の価格」であり、「保有期間の満了時点における純収益を最終還元利回りにより還元して求める」
  2. 最終還元利回りの水準 — 一般的に還元利回りよりもやや高め(建物の経年劣化等を反映)
  3. 保有期間の目安 — 一般的には5年から10年程度
  4. 復帰価格の比重 — 収益価格全体の60〜80%程度を占めることが多い

まとめ

DCF法の保有期間と復帰価格は、収益価格の算定結果を大きく左右する最も重要な設定項目です。保有期間は対象不動産の用途や投資目的を勘案して5年から10年程度に設定し、復帰価格は保有期間満了時の翌期の純収益を最終還元利回りで還元して求めます。最終還元利回りは建物の経年劣化等を反映して還元利回りよりもやや高めに設定されるのが一般的です。

DCF法の理解を深めるために、DCF法の基本的な計算構造割引率の求め方もあわせて学習することをおすすめします。