エンジニアリングレポートの活用|証券化鑑定の実務
エンジニアリングレポート(ER)とは
エンジニアリングレポート(ER)は、建物の物理的状況に関する調査報告書であり、証券化対象不動産の鑑定評価において原則として活用が求められる重要な資料です。建物状況調査、環境リスク調査、土壌汚染調査の3つの主要な調査項目から構成され、修繕費・更新費の見積もりやリスク評価に活用されます。ただし、ERの内容をそのまま受け入れるのではなく、鑑定士自らの判断で検証することが求められます。
エンジニアリングレポートは、対象不動産の個別的要因のうち建物に係るものについて参考とすべき専門家の調査報告書であり、鑑定評価に当たっては、その内容を適切に活用しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 各論第3章
エンジニアリングレポート(ER)とは
定義
エンジニアリングレポート(Engineering Report, ER)とは、建物の物理的状況を専門家が調査した報告書です。建築士やエンジニアリング会社が、建物の劣化状況、設備の状態、環境リスク等を調査し、その結果をまとめたものです。
ERが必要とされる背景
- 証券化対象不動産では、建物の物理的リスクが投資リスクに直結する
- 修繕費用や更新費用は、キャッシュフローに大きな影響を与える
- 環境リスク(アスベスト、土壌汚染等)は、不動産の価値を大きく左右する
- 投資家保護の観点から、建物の状態を客観的に把握する必要がある
ERの作成者
ERは通常、以下の専門家・機関が作成します。
- 建築士事務所
- エンジニアリングコンサルタント会社
- 建物診断専門会社
- 環境コンサルタント会社
ERの調査項目
ERは、以下の3つの主要な調査項目から構成されます。
1. 建物状況調査(Building Condition Assessment)
建物の物理的な劣化状況と、今後必要となる修繕・更新の費用を調査します。
| 調査内容 | 具体的項目 |
|---|---|
| 構造体の状況 | 基礎、柱、梁、壁、床等の劣化状況 |
| 外装の状況 | 外壁、屋根、防水層の劣化状況 |
| 内装の状況 | 内壁、床、天井の劣化状況 |
| 設備の状況 | 電気、給排水、空調、エレベーター等 |
| 法令適合状況 | 建築基準法、消防法等への適合性 |
| 修繕更新費用 | 短期(緊急)修繕費と長期修繕費の見積もり |
修繕更新費用の区分
| 区分 | 内容 | 時期 |
|---|---|---|
| 緊急修繕費用 | 直ちに実施が必要な修繕 | 概ね1年以内 |
| 短期修繕費用 | 近い将来に実施が必要な修繕 | 概ね1〜5年 |
| 長期修繕費用 | 計画的に実施すべき修繕・更新 | 5年以上の長期 |
2. 環境リスク調査(Environmental Risk Assessment)
建物に関連する環境上のリスクを調査します。
| 調査項目 | 内容 |
|---|---|
| アスベスト調査 | 建材中のアスベスト含有の有無、飛散リスクの評価 |
| PCB調査 | 電気設備等におけるPCB含有機器の有無 |
| フロン類調査 | 空調設備のフロン類の使用状況 |
| 室内空気環境 | シックハウス症候群の原因物質の測定 |
3. 土壌汚染調査(Soil Contamination Assessment)
対象不動産の敷地における土壌汚染のリスクを調査します。
| 調査段階 | 内容 | 概要 |
|---|---|---|
| フェーズI | 資料調査・ヒアリング | 土地の履歴調査、過去の用途の確認 |
| フェーズII | 表層土壌調査 | 実際に土壌を採取して分析 |
| フェーズIII | 詳細調査・対策 | 汚染の範囲と深度の特定、浄化対策 |
通常、ERにおける土壌汚染調査はフェーズI(資料調査)が中心です。フェーズIの結果、汚染の可能性が指摘された場合に、フェーズII以降の調査が実施されます。
鑑定評価での活用方法
修繕費・更新費の見積もりへの活用
ERの建物状況調査で示された修繕更新費用は、DCF法におけるキャッシュフロー予測に直接活用されます。
- 運営費用の修繕費:通常の修繕費として毎期のキャッシュフローに反映
- 資本的支出:大規模修繕・設備更新費用として各期に配分
- 緊急修繕費用:初年度等に一括して計上
DCF法のキャッシュフロー予測において、ERの修繕費見積もりは重要なインプットとなります。
リスク評価への活用
ERで指摘されたリスク要因は、以下のように鑑定評価に反映されます。
| リスク要因 | 反映方法 |
|---|---|
| アスベスト | 除去費用の控除、または割引率への反映 |
| 土壌汚染の可能性 | 調査費用・浄化費用の見積もりと控除 |
| 建物の劣化 | 修繕費の増額、または残存耐用年数の短縮 |
| 法令不適合 | 是正費用の控除、リスクプレミアムの加算 |
建物の残存耐用年数への活用
ERの調査結果は、建物の経済的残存耐用年数の判定にも活用されます。
- 構造体の劣化状況から、物理的な残存耐用年数を判定する
- 設備の更新状況から、機能的な陳腐化の程度を判断する
- 原価法における減価修正の参考資料となる
ERの信頼性と鑑定士の判断
ERをそのまま受け入れてよいか
ERの内容をそのまま鑑定評価に採用するのではなく、鑑定士自らの判断で検証することが求められます。
エンジニアリングレポートは、鑑定評価に当たって参考とすべき専門家の調査報告書であるが、その内容について不動産鑑定士が確認し、必要に応じて、その内容の妥当性を検証しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 各論第3章
検証のポイント
- 修繕費の見積もり水準:ERの見積もりが過大または過小でないかを検証する
- 調査範囲の十分性:必要な調査項目が網羅されているかを確認する
- 調査時点の妥当性:ERの作成時期が価格時点に近いかを確認する
- 調査の精度:目視調査の限界を認識し、必要に応じて追加調査を検討する
ERが存在しない場合
ERが提出されない場合や、ERの内容が不十分な場合の対応は以下のとおりです。
- 原則として、ERの提出を依頼者に求める
- ERが得られない場合は、鑑定評価書にその旨とリスクについて記載する
- 鑑定士自らの判断で、建物の状態を可能な範囲で調査・把握する
- 修繕費等の見積もりは、鑑定士の経験と知見に基づき行う
デューデリジェンスにおけるERの位置づけ
不動産デューデリジェンスの全体像
証券化スキームにおける不動産の取得に際しては、デューデリジェンス(詳細調査)が実施されます。ERはその一部として位置づけられます。
| 調査の種類 | 担当者 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 物理的調査(ER) | エンジニアリング会社 | 建物状況、環境リスク、土壌汚染 |
| 法的調査 | 弁護士 | 権利関係、法令適合性、紛争リスク |
| 経済的調査 | 不動産鑑定士 | 鑑定評価、マーケット分析 |
| 財務的調査 | 会計士・税理士 | テナントの信用力、税務上の問題 |
ERと鑑定評価の関係
- ERは鑑定評価のインプット資料の一つ
- 鑑定士はERの結果を踏まえて、修繕費やリスクをキャッシュフローに反映する
- ERと鑑定評価は相互に独立した専門家の業務であり、相互検証の関係にある
試験での出題ポイント
ERに関する出題は、証券化対象不動産の鑑定評価と一体で問われることが多いです。
論文式試験での頻出論点
- ERの定義と調査項目:3つの主要調査(建物状況、環境リスク、土壌汚染)を列挙する
- 鑑定評価での活用方法:修繕費の見積もり、リスク評価への反映方法を論述する
- ERの信頼性と鑑定士の判断:ERをそのまま受け入れるのではなく検証が必要であることを論述する
- デューデリジェンスにおける位置づけ:ERと鑑定評価の関係を整理する
短答式試験での注意点
- ERの3つの主要調査項目を正確に覚える
- ERは「参考資料」であり鑑定士自らの検証が必要であること
- 土壌汚染調査のフェーズI・II・IIIの区分
- 緊急修繕費用と長期修繕費用の区分
- ERは各論第3章(証券化対象不動産)の文脈で問われることが多いこと
関連する論点
- 証券化対象不動産の鑑定評価:ERが活用される評価の全体像
- DCF法:ERの修繕費見積もりをキャッシュフローに反映
- 原価法:建物の減価修正におけるERの活用
- 価格形成要因:建物に係る個別的要因としてのERの位置づけ
まとめ
エンジニアリングレポート(ER)は、建物の物理的状況に関する専門家の調査報告書であり、証券化対象不動産の鑑定評価において原則として活用が求められます。建物状況調査、環境リスク調査、土壌汚染調査の3つの主要な調査項目から構成され、DCF法におけるキャッシュフロー予測(特に修繕費・資本的支出)やリスク評価に活用されます。ただし、ERの内容をそのまま受け入れるのではなく、鑑定士が自らの判断で検証することが重要です。試験対策としては、ERの調査項目と鑑定評価での活用方法を正確に整理し、証券化対象不動産の鑑定評価全体の中でERの位置づけを理解しておきましょう。