一棟賃貸マンションの収益還元法適用
一棟賃貸マンション評価の位置づけ
一棟賃貸マンションは、不動産投資市場において最も取引量の多い物件類型の一つです。不動産鑑定士試験では、収益還元法の適用を中心に、賃料査定・空室率分析・運営費用の計上方法など、実践的な評価能力が問われます。
不動産鑑定士の実務においても、一棟賃貸マンションの鑑定評価は日常的に行われる業務です。投資用不動産の売買、金融機関の担保評価、証券化対象不動産の鑑定評価など、多様な依頼目的に対応する必要があります。
収益還元法は、対象不動産が将来生み出すであろう純収益の現在価値の総和を求めることにより対象不動産の試算価格を求める手法である。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
収益構造の把握
収入項目の整理
一棟賃貸マンションの運営収益(総収入)は、以下の項目から構成されます。
| 収入項目 | 内容 | 査定のポイント |
|---|---|---|
| 貸室賃料収入 | 各住戸からの月額賃料 | 現行賃料と市場賃料の比較 |
| 共益費収入 | 共用部分の維持管理に充当 | 実費精算か固定額か |
| 駐車場収入 | 敷地内駐車場の使用料 | 稼働率・周辺相場との比較 |
| その他収入 | 自動販売機、看板、アンテナ基地局等 | 安定性・継続性の判断 |
潜在総収益と有効総収入
潜在総収益(PGI)は全室満室を前提とした最大収入であり、ここから空室損失と貸倒損失を控除したものが有効総収入(EGI)です。
有効総収入(EGI)
= 潜在総収益(PGI)
− 空室等損失(PGI × 空室率)
− 貸倒損失
費用項目の整理
運営費用は、不動産の維持管理に必要な経常的な支出です。
| 費用項目 | 内容 | 査定の目安 |
|---|---|---|
| 維持管理費 | BM費用(清掃・設備点検等) | 戸当たり月額3,000〜8,000円 |
| 水道光熱費 | 共用部分の電気・水道代 | 月額2,000〜5,000円/戸 |
| 修繕費 | 経常的な小修繕 | 年間賃料収入の3〜5% |
| PMフィー | 賃貸管理業務の委託費 | 賃料収入の3〜5% |
| テナント募集費 | 仲介手数料・広告費 | 入替時に賃料1〜2か月分 |
| 公租公課 | 固定資産税・都市計画税 | 課税明細から把握 |
| 損害保険料 | 火災保険・地震保険 | 再調達原価から算出 |
直接還元法の適用
NOIの算定
直接還元法では、一期間の純収益(NOI)を還元利回りで除して収益価格を求めます。
NOI = 有効総収入(EGI)− 運営費用(OPEX)
収益価格 = NOI ÷ 還元利回り(Cap Rate)
還元利回りの査定
一棟賃貸マンションの還元利回りは、以下の方法で査定します。
| 査定方法 | 内容 | 適用場面 |
|---|---|---|
| 類似物件の取引利回り | 近隣の類似物件の成約利回り | 取引事例が豊富な場合 |
| 投資家調査 | 機関投資家の期待利回り | 証券化評価等 |
| 積上法 | 安全利率+リスクプレミアム | 取引事例が乏しい場合 |
一棟賃貸マンションの還元利回りの目安は以下のとおりです。
| エリア | 築浅(〜10年) | 築中(10〜20年) | 築古(20年超) |
|---|---|---|---|
| 都心5区 | 3.5〜4.2% | 4.0〜4.8% | 4.5〜5.5% |
| 23区周辺 | 4.0〜4.8% | 4.5〜5.5% | 5.0〜6.0% |
| 地方中核都市 | 5.0〜6.0% | 5.5〜6.5% | 6.0〜7.5% |
具体的な計算例
【前提条件】
物件:東京都23区内、RC造5階建、全20戸(1K・25㎡×20戸)
築年数:12年、延床面積:600㎡
【収入の査定】
貸室賃料収入:85,000円/戸 × 20戸 × 12か月 = 20,400,000円
共益費収入:5,000円/戸 × 20戸 × 12か月 = 1,200,000円
駐車場収入:なし
潜在総収益 = 21,600,000円
空室等損失(5%)= 1,080,000円
有効総収入 = 20,520,000円
【費用の査定】
維持管理費:1,800,000円
水道光熱費:600,000円
修繕費:800,000円
PMフィー:612,000円(賃料収入の3%)
テナント募集費:510,000円
公租公課:2,400,000円
損害保険料:180,000円
運営費用合計 = 6,902,000円
【NOIの算定】
NOI = 20,520,000円 − 6,902,000円 = 13,618,000円
【収益価格】
還元利回り:4.8%
収益価格 = 13,618,000円 ÷ 4.8% ≒ 283,700,000円
DCF法の適用
分析期間の設定
DCF法では、10年程度の分析期間を設定し、各期のキャッシュフローと期末の復帰価格を現在価値に割り引いて収益価格を求めます。
キャッシュフローの予測
一棟賃貸マンションのDCF法では、以下の項目について将来予測を行います。
| 予測項目 | 予測のポイント |
|---|---|
| 賃料変動率 | 市場動向に基づく年間変動率(−1%〜+2%程度) |
| 空室率の推移 | テナント入替時の一時的な上昇を見込む |
| 運営費用の変動 | 物価上昇、建物経年による修繕費増加 |
| 資本的支出 | 大規模修繕の実施時期と費用 |
| 復帰価格 | 保有期間満了時の売却想定価格 |
割引率と最終還元利回り
| 項目 | 設定の考え方 | 目安 |
|---|---|---|
| 割引率 | 投資のリスクに見合う期待収益率 | 直接還元法の還元利回り+0.5〜1.0% |
| 最終還元利回り | 復帰価格を求めるための利回り | 直接還元法の還元利回り+0.5%程度 |
原価法による検証
積算価格との比較
一棟賃貸マンションでは、原価法による積算価格を収益価格の検証に用います。
積算価格 = 土地価格 + 建物再調達原価 − 減価額
土地価格:取引事例比較法により査定
建物再調達原価:RC造の標準建築費 × 延床面積
減価額:耐用年数法または観察減価法により算定
収益価格と積算価格に大きな乖離がある場合は、以下の要因を検討します。
- 収益価格 > 積算価格:立地の収益性が高く、投資需要が旺盛な地域
- 収益価格 < 積算価格:賃料水準の低迷、空室率の高さ
試験での出題ポイント
短答式試験
- 収益還元法の定義:将来の純収益の現在価値の総和を求める手法
- NOIとNCFの区別:NCF=NOI−資本的支出
- 還元利回りと割引率の関係:割引率は還元利回りより高い傾向
- 空室率の考慮:潜在総収益から空室損失を控除して有効総収入を求める
論文式試験
- 直接還元法とDCF法の適用手順を具体的な数値を交えて論述する問題
- 一棟賃貸マンションにおける還元利回りの査定方法を論じる問題
- 収益価格と積算価格の乖離の原因を分析する問題
- 運営費用の各項目の査定根拠を説明する問題
暗記のポイント
- 収益価格の算式:NOI ÷ 還元利回り(直接還元法)
- NOIの算式:有効総収入 − 運営費用
- 有効総収入:潜在総収益 − 空室損失 − 貸倒損失
- 主な運営費用:維持管理費、水道光熱費、修繕費、PMフィー、公租公課、損害保険料
- DCF法の要素:分析期間(10年)、割引率、最終還元利回り、復帰価格
- 還元利回りの査定法:取引利回り比較、投資家調査、積上法
まとめ
一棟賃貸マンションの鑑定評価では、収益還元法が中核的な手法となります。直接還元法ではNOIと還元利回りの的確な査定が、DCF法では賃料変動率・空室率・運営費用の将来予測が求められます。原価法による積算価格との比較検証も行い、三方式の整合性を確認することが重要です。収益還元法の基本は収益還元法の解説で、DCF法の詳細はDCF法の解説であわせて確認しましょう。
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