規範性と説明力とは

不動産鑑定士試験の鑑定理論において、規範性説明力は、三方式の併用により得られた試算価格を調整する際の中核的な判断基準です。鑑定評価額を決定するにあたっては、各試算価格が有する説得力を判断する必要がありますが、その判断の根拠となるのが規範性と説明力の2つの概念です。

鑑定評価の複数の手法により求められた各試算価格の再吟味を行い、鑑定評価における各手法の適用の意義を踏まえた上で各試算価格が有する説得力に係る判断を行い、対象不動産の鑑定評価額を決定するものとする。

― 不動産鑑定評価基準 総論第8章第1節

本記事では、規範性と説明力のそれぞれの概念を詳しく解説し、試算価格の調整における具体的な活用方法を整理します。


規範性の概念

規範性とは

規範性とは、試算価格があるべき姿(理論的に望ましい価格水準)にどの程度適合しているかを意味する概念です。言い換えると、鑑定評価の理論的な枠組みに照らして、当該手法の適用が対象不動産の評価にどの程度ふさわしいかを示すものです。

規範性が高い試算価格とは、以下の特徴を有します。

  • 対象不動産の価格形成メカニズムに最もフィットしている手法から得られた価格
  • 鑑定評価基準が示す理論的な枠組みに適合した手法の適用結果
  • 対象不動産の典型的な市場参加者の行動原理に合致した手法から得られた価格

規範性の判断要素

規範性の判断にあたっては、以下の要素を考慮します。

判断要素 内容 具体例
対象不動産の類型 不動産の種類に応じた手法の適合性 賃貸用不動産には収益還元法の規範性が高い
市場参加者の行動 典型的な買主の意思決定プロセス 投資家は収益に着目、自用目的の買主は市場価格に着目
価格形成要因の構造 価格を決定する主要因 商業地域では収益性が主要因
基準の規定 鑑定評価基準における各手法の位置づけ 各論第1章の類型別の手法適用規定

類型別の規範性

対象不動産の類型によって、各手法の規範性は異なります。

類型 規範性が高い手法 理由
住宅地域の更地 取引事例比較法 実需による取引が主であり、市場価格が価格形成の主導因
商業地域の更地 収益還元法(土地残余法) 収益性が価格形成の主導因
賃貸用不動産 収益還元法 投資家の意思決定は収益に基づく
自用の建物及びその敷地 取引事例比較法+原価法 自用目的の取引が主であり、建物の費用性も重要
工場・倉庫 原価法 特殊用途のため取引事例が少なく、再調達原価が判断の基礎

説明力の概念

説明力とは

説明力とは、試算価格の実証性・客観性の程度、すなわち使用した資料や分析に基づいてその価格水準を合理的に説明できる度合いを意味する概念です。

説明力が高い試算価格とは、以下の特徴を有します。

  • 質の高い資料(信頼性のある取引事例、正確な建築費データ等)に基づいている
  • 十分な量の資料に基づき、統計的な信頼性が確保されている
  • 適用過程における主観的判断が少なく、客観的な根拠に基づいている
  • 各種の修正・補正が適切に行われている

説明力の判断要素

説明力の判断にあたっては、以下の要素を考慮します。

判断要素 内容 具体例
資料の質 使用した資料の信頼性 確認の取れた取引事例か、未確認の事例か
資料の量 収集できた資料の数量 取引事例の件数、建築事例の件数
修正・補正の程度 事情補正や時点修正の大きさ 補正が小さいほど信頼性が高い
分析の精緻さ 各種パラメーターの査定根拠 利回りや減価率の査定に明確な根拠があるか
市場データとの整合 市場の実態との一致度 市場で観察される価格水準との整合性

説明力を高める要素

各手法の説明力を高めるためには、以下の点が重要です。

原価法再調達原価の算出に信頼性のある建築費データを使用する – 減価修正の査定に客観的な根拠(建物調査報告書等)を活用する

取引事例比較法対象不動産に類似性の高い事例を選択する – 事情補正・時点修正・要因比較の各プロセスにおいて修正幅を最小限にする – 複数の事例を用いて結果の安定性を確認する

収益還元法 – 純収益の見積もりに実績データを活用する – 還元利回り・割引率の査定に複数の方法を適用して検証する – 市場で観察される利回り水準との整合性を確認する


規範性と説明力の関係

両者の相互補完

規範性と説明力は、相互に補完し合う関係にあります。

  • 規範性が高いが説明力が低い場合 — 理論的には最適な手法であっても、使用した資料の信頼性が低ければ、その試算価格の説得力は十分ではない
  • 説明力が高いが規範性が低い場合 — 資料の質と量は十分であっても、対象不動産の価格形成に適合しない手法から得られた価格は、価格の本質を捉えていない可能性がある

したがって、試算価格の調整においては、規範性と説明力の両方を総合的に評価して判断する必要があります。

理想的な状態

規範性も説明力も高い試算価格が得られることが理想ですが、実務では両者が必ずしも一致しない場合があります。例えば、以下のようなケースです。

ケース 状況 対応
収益還元法の規範性は高いが取引事例が豊富 賃貸用不動産で、かつ取引事例も十分に得られる 収益価格を重視しつつ、比準価格も参酌
原価法の説明力は高いが市場性が重要 建築費は明確だが、市場の需給が価格を決定 比準価格を重視しつつ、積算価格で検証
取引事例が不十分 住宅地域だが類似事例が少ない 少数の事例に基づく比準価格の説明力は限定的

典型的な市場参加者と説得力

基準の規定

基準では、試算価格の説得力の判断にあたって「典型的な市場参加者の属性及び行動等」に照らすことが求められています。

各試算価格の再吟味を行い、各試算価格に係る鑑定評価の手法が適用された対象不動産の典型的な市場参加者の属性及び行動等に照らして、各試算価格が有する説得力を判断し、適切に調整を行わなければならない。

― 不動産鑑定評価基準 総論第8章第1節

市場参加者別の重視手法

典型的な市場参加者の種類によって、重視すべき手法が異なります。

市場参加者 意思決定の基準 重視される手法
投資家(機関投資家) 期待利回りと収益の安定性 収益還元法
自用目的の法人 代替不動産との比較、事業適合性 取引事例比較法原価法
個人(住宅取得者) 周辺相場との比較 取引事例比較法
デベロッパー 開発後の収益性 開発法収益還元法
建設業者 建設コストと市場価格の関係 原価法

このように、誰がその不動産を購入するのかという視点が、各手法の説得力を判断する際の重要な指標となります。


実務における調整の具体例

例1: 賃貸用オフィスビル

前提: 都心部の賃貸用オフィスビル

手法 試算価格 規範性 説明力
原価法 10億円 高(建築費データが明確)
取引事例比較法 12億円 中〜高 中(類似事例3件)
収益還元法 11.5億円 (安定した賃料実績)

判断: 典型的な市場参加者は投資家であり、収益に基づく意思決定が主。収益還元法の規範性が最も高く、説明力も高いため、収益価格11.5億円を重視して鑑定評価額を決定。比準価格も参酌しつつ、積算価格との乖離要因(市場の超過収益力)を分析。

例2: 住宅地域の更地

前提: 住宅地域の標準的な更地

手法 試算価格 規範性 説明力
取引事例比較法 3,000万円 (類似事例5件)
収益還元法(土地残余法) 2,800万円 低〜中 中(想定建物の設定に幅あり)

判断: 典型的な市場参加者は個人の住宅取得者であり、周辺相場に基づく意思決定が主。取引事例比較法の規範性が最も高く、事例も豊富で説明力も高いため、比準価格3,000万円を重視して鑑定評価額を決定。


試験での出題ポイント

短答式試験

不動産鑑定士の短答式試験では、以下の論点が出題されます。

  • 調整の意義 — 「単なる平均ではなく、説得力に基づく判断」
  • 典型的な市場参加者 — 説得力の判断は「典型的な市場参加者の属性及び行動等」に照らす
  • 規範性と説明力の概念 — それぞれの意味と判断基準
  • 類型別の重視手法 — 各類型における重点手法の把握

論文式試験

論文式試験では、規範性と説明力の概念を用いた試算価格の調整について論述する問題が出題されます。

  • 規範性と説明力のそれぞれの定義と具体的内容
  • 両者の関係と総合的判断の方法
  • 対象不動産の類型・典型的な市場参加者に応じた各手法の説得力の判断
  • 具体的な調整プロセスの記述

暗記のポイント

  1. 規範性 — 理論的にあるべき姿(価格形成メカニズム)への適合性
  2. 説明力 — 実証性・客観性の程度、使用資料の質と量に基づく説得力
  3. 典型的な市場参加者 — 投資家なら収益還元法、自用目的なら取引事例比較法が規範性が高い
  4. 調整は平均ではない — 各試算価格の説得力を判断して鑑定評価額を決定する

まとめ

規範性と説明力は、試算価格の調整における2つの基本的な判断基準です。規範性は対象不動産の価格形成メカニズムへの理論的適合性を、説明力は使用資料の質と量に基づく実証性を示します。両者を総合的に評価し、典型的な市場参加者の行動原理に照らして各試算価格の説得力を判断することが、適正な鑑定評価額の決定につながります。

三方式の併用と試算価格の調整の全体像については三方式の併用と調整理論を、三方式の基本については鑑定評価の三方式もあわせて学習してください。