取引事例の選択と棄却の判断基準
取引事例の選択の重要性
取引事例比較法において、適切な取引事例の選択は評価の精度を左右する最も重要なプロセスです。不適切な事例を採用すると、比準価格の信頼性が低下します。不動産鑑定士試験では、事例選択の判断基準が頻出論点です。
取引事例等は、近隣地域又は同一需給圏内の類似地域に存する不動産に係るもののうちから選択するものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
事例選択の基本要件
選択すべき事例の要件
取引事例として採用すべき事例は、以下の要件を満たすものです。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 地域的要件 | 近隣地域または同一需給圏内の類似地域に所在 |
| 時点的要件 | 価格時点に近い時点の取引 |
| 類似性要件 | 対象不動産と類型・用途が類似 |
| 正常性要件 | 正常な取引である(特殊事情がない) |
選択要件の詳細
地域的要件 – 近隣地域の事例が最も望ましい – 近隣地域に事例がない場合は、同一需給圏内の類似地域から選択 – 広域的な事例は、慎重な検討が必要
時点的要件 – 価格時点に近いほど望ましい – 時点が離れている場合は、時点修正の精度に留意 – 一般的には3年以内程度が目安
棄却すべき事例
棄却の判断基準
以下に該当する事例は、採用を避けるか慎重に検討します。
| 棄却理由 | 内容 |
|---|---|
| 特殊な事情 | 売り急ぎ、買い進み、親族間取引等 |
| 異常な価格 | 市場水準から著しく乖離 |
| 用途の相違 | 対象不動産と用途が大きく異なる |
| 規模の相違 | 対象不動産と規模が大きく異なる |
| 信頼性の欠如 | 取引価格や取引事情が確認できない |
特殊な事情の例
| 事情 | 内容 | 棄却の要否 |
|---|---|---|
| 売り急ぎ | 資金繰り等で急いで売却 | 棄却または大幅な事情補正 |
| 買い進み | 隣地取得等で高値で購入 | 棄却または大幅な事情補正 |
| 親族間取引 | 時価より低い価格 | 棄却が望ましい |
| 競売 | 市場価格より低い傾向 | 棄却または慎重に採用 |
| 倒産処理 | 市場価格より低い傾向 | 棄却または慎重に採用 |
類型・用途の類似性
類似性の判断
対象不動産と取引事例の類型・用途の類似性を判断します。
| 対象不動産 | 採用できる事例 | 採用に注意が必要な事例 |
|---|---|---|
| 住宅地の更地 | 住宅地の更地 | 商業地、農地 |
| オフィスビル | オフィスビル | 住居ビル、店舗ビル |
| 分譲マンション | 分譲マンション | 賃貸マンション |
異なる類型の事例
類型が異なる事例を採用する場合は、格差修正の妥当性を十分に検討します。
規模の類似性
規模格差の影響
対象不動産と取引事例の規模が大きく異なる場合、規模格差による価格への影響を考慮します。
| 対象不動産の規模 | 採用できる事例 | 留意点 |
|---|---|---|
| 標準的規模 | 標準的規模の事例 | 格差修正が小さい |
| 大規模 | 同程度の大規模事例 | 規模格差修正が必要 |
| 小規模 | 同程度の小規模事例 | 規模格差修正が必要 |
事例選択のプロセス
選択の手順
【事例選択の手順】
1. 候補事例の収集
↓
2. 地域的要件のスクリーニング
(近隣地域・同一需給圏の確認)
↓
3. 時点的要件のスクリーニング
(価格時点との近接性の確認)
↓
4. 類似性要件のスクリーニング
(類型・用途・規模の確認)
↓
5. 正常性要件の確認
(特殊事情の有無の確認)
↓
6. 採用事例の決定
収集すべき事例数
【事例数の目安】
候補事例:10〜20件程度
採用事例:3〜5件程度(多角的な検討のため)
事情補正と棄却の判断
事情補正で対応できる場合
特殊事情があっても、事情補正により適切に補正可能な場合は採用できます。
【事情補正で対応できるケース】
・軽微な売り急ぎ(補正率:+5〜+10%)
・やや高値での取得(補正率:−5〜−10%)
・取引条件の相違(支払条件等)
棄却すべき場合
事情補正では対応困難な場合は、棄却します。
【棄却すべきケース】
・著しい売り急ぎ(競売価格の半額以下等)
・親族間の贈与的取引
・取引価格が確認できない
・取引事情が不明
複数事例の活用
複数事例を採用する理由
複数の取引事例を採用することで、多角的な検討が可能となります。
- 1件の事例に依存するリスクの軽減
- 比準価格の幅を確認
- 格差修正の妥当性の検証
事例間の整合性
採用した複数事例から得られる比準価格は、一定の範囲に収まることが望ましいです。
【比準価格の整合性確認】
事例A:比準価格 25万円/㎡
事例B:比準価格 26万円/㎡
事例C:比準価格 24万円/㎡
→ 概ね整合的(24〜26万円/㎡の範囲)
事例A:比準価格 25万円/㎡
事例B:比準価格 32万円/㎡
事例C:比準価格 24万円/㎡
→ 事例Bの採用を再検討(乖離が大きい)
事例選択の記載
鑑定評価書での記載
鑑定評価書には、事例選択の理由と根拠を記載します。
【記載例】
「近隣地域及び類似地域から収集した取引事例12件のうち、
取引事情の正常性、地域・類型の類似性、時点の近接性を
総合的に勘案し、以下の3件を採用した。」
棄却事例の記載
必要に応じて、棄却した事例とその理由も記載します。
試験での出題ポイント
短答式試験
- 事例選択の4つの要件(地域的・時点的・類似性・正常性)
- 棄却すべき事例の具体例
- 事情補正で対応できる場合とできない場合
- 近隣地域と類似地域の関係
論文式試験
- 取引事例の選択基準を体系的に論述
- 特殊事情がある事例の採用・棄却の判断を説明
- 複数事例を採用する意義と留意点を論じる
- 具体的なケースを想定した選択・棄却の判断
暗記のポイント
- 選択の4要件:地域的、時点的、類似性、正常性
- 棄却すべき事例:売り急ぎ、買い進み、親族間、競売等
- 事情補正の限界:著しい特殊事情は補正不可
- 複数事例の活用:3〜5件程度を採用
- 整合性の確認:比準価格が一定の範囲に収まるか
まとめ
取引事例の選択と棄却は、取引事例比較法の精度を左右する重要なプロセスです。地域的要件、時点的要件、類似性要件、正常性要件の4つの観点から事例を選択し、特殊な事情がある事例は棄却または慎重に採用します。複数の事例を採用することで多角的な検討が可能となり、比準価格の信頼性が向上します。関連する論点として、取引事例比較法の手順や事情補正と時点修正もあわせて学習しましょう。
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