事情補正と時点修正|取引事例比較法の実践
事情補正と時点修正とは
取引事例比較法において、事情補正と時点修正は収集した取引事例から正常な価格水準を導くための核心的な作業です。不動産鑑定士試験では、両者の意義・方法・適用順序が繰り返し問われます。
鑑定評価基準では、取引事例に係る取引価格について次のように述べています。
取引事例に係る取引が特殊な事情を含み、これが当該取引事例に係る取引価格に影響を及ぼしているときは適切に補正しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
本記事では、事情補正と時点修正のそれぞれについて、具体的な数値例を交えながら実践的に解説します。
事情補正とは
定義と意義
事情補正とは、取引事例に含まれる特殊な事情による価格への影響を排除し、正常な取引価格に補正する作業です。
不動産の取引は、必ずしも正常な市場で合理的に行われるとは限りません。売急ぎや買い進み、親族間取引など、さまざまな特殊事情が介在することがあります。こうした事情が取引価格に影響している場合、そのまま比較の基礎とすることは適切ではありません。
取引事例に係る取引が特殊な事情を含み、これが当該取引事例に係る取引価格に影響を及ぼしているときは適切に補正しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
事情補正が必要となるケース
以下のような特殊事情がある取引は、事情補正の対象となります。
| 特殊事情 | 価格への影響 | 補正の方向 |
|---|---|---|
| 売急ぎ(資金繰り悪化等) | 正常価格より低い | 上方補正 |
| 買い進み(隣接地取得等) | 正常価格より高い | 下方補正 |
| 親族間取引 | 正常価格より低い場合が多い | 上方補正 |
| 関連企業間取引 | 実態に応じて高低あり | 実態に応じて補正 |
| 競売 | 正常価格より低い | 上方補正 |
| 公共用地取得(任意買収) | 正常価格より高い場合あり | 下方補正 |
事情補正の具体的な方法
事情補正は、事情補正率を乗じることで行います。
事情補正後の価格 = 取引価格 × 事情補正率
計算例1:売急ぎの事例
ある取引事例の取引価格が4,500万円でしたが、売主が債務返済のために急いで売却した事情があり、正常な価格より約10%低いと判断されました。
事情補正率 = 100/90 ≒ 1.111
事情補正後の価格 = 4,500万円 × 100/90 = 5,000万円
計算例2:隣接地所有者による買い進み
隣接地所有者が自己の土地と一体利用するために購入した事例で、取引価格は5,500万円。正常な取引であれば約10%低かったと判断されました。
事情補正率 = 100/110 ≒ 0.909
事情補正後の価格 = 5,500万円 × 100/110 = 5,000万円
事情補正ができない場合
基準では、適切な補正ができないほど特殊な事情を含む事例は、そもそも取引事例として選択してはならないとされています。
次の事例は選択してはならない。[中略]特殊な事情が存する事例で、その事情に対する適切な補正をすることができないもの
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
例えば、相続税の物納用の取引価格や、破産管財人による異常な安値処分などは、適切な補正が困難であるため事例選択の段階で排除すべきです。
時点修正とは
定義と意義
時点修正とは、取引事例に係る取引が行われた時点と価格時点との間の価格変動を反映させる作業です。
不動産の価格は時間の経過とともに変動します。1年前の取引価格をそのまま現時点の比較基礎として用いることは、価格変動分の誤差を含むことになります。
取引事例に係る取引の時点が価格時点と異なることにより、その間に価格水準に変動があると認められる場合には、当該取引事例の価格を価格時点の価格に修正しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
時点修正の方法
時点修正は、時点修正率を乗じることで行います。
時点修正後の価格 = 取引価格(事情補正後) × 時点修正率
時点修正率の求め方には、以下の方法があります。
- 地価公示価格・都道府県地価調査の価格の推移から求める方法
- 取引事例の変動率から求める方法
- 不動産価格指数等の統計データを活用する方法
計算例3:地価上昇局面での時点修正
取引時点が1年前で、その後の地価上昇率が年5%と判断される場合。
事情補正後の価格: 5,000万円
時点修正率 = 105/100 = 1.05
時点修正後の価格 = 5,000万円 × 1.05 = 5,250万円
計算例4:地価下落局面での時点修正
取引時点が2年前で、その後の地価下落率が年3%、2年間で合計6%と判断される場合。
事情補正後の価格: 5,000万円
時点修正率 = 94/100 = 0.94
時点修正後の価格 = 5,000万円 × 0.94 = 4,700万円
時点修正の限界
取引時点と価格時点の間隔があまりにも離れている場合は、時点修正の精度が低下します。基準では、取引事例の選択に当たり、原則として近時の事例を選択すべきとされています。過去の取引事例を採用する場合でも、時点修正の信頼性を十分に検討する必要があります。
時点修正率の判定に用いる指標
時点修正率の判定に当たっては、複数の指標を総合的に検討することが重要です。
| 指標 | 特徴 | 留意点 |
|---|---|---|
| 地価公示価格の推移 | 毎年1月1日時点、全国約26,000地点 | 公的指標として信頼性が高い |
| 都道府県地価調査の推移 | 毎年7月1日時点 | 地価公示と半年ずれで補完的 |
| 取引価格の変動率 | 実際の市場動向を直接反映 | 事例の質による偏りに注意 |
| 不動産価格指数 | 国土交通省が公表する統計指標 | マクロ的な傾向の把握に有用 |
例えば、地価公示価格が前年比+3%、取引事例の分析から+4%と判断される場合、両者を勘案して時点修正率を103〜104程度とするなど、一つの指標だけに依存しない判断が求められます。
地域要因の比較と個別的要因の比較
事情補正・時点修正に続く第3・第4のステップも簡潔に整理しておきます。
地域要因の比較
取引事例が所在する地域と、対象不動産が所在する地域(近隣地域)の地域要因を比較して格差を求めます。
比較する地域要因の例は以下の通りです。
- 住宅地: 交通接近条件(最寄駅からの距離)、環境条件(日照・騒音等)、行政的条件(用途地域・容積率)
- 商業地: 繁華性、顧客の流動性の状態、商業施設の集積度
- 工業地: 交通の便(高速IC、港湾)、行政的条件、供給処理施設の整備状況
個別的要因の比較
取引事例の不動産と対象不動産の個別的要因を比較して格差を求めます。
- 土地: 間口・奥行の比率、面積、形状(整形・不整形)、接道条件、高低差
- 建物: 築年数、構造、設備の状態、維持管理の状態
これら4つのステップの全てを経て、はじめて信頼性の高い比準価格が算定されます。
事情補正と時点修正の適用順序
取引事例比較法における補正・修正の全体的な流れは、以下の順序で行われます。
- 事情補正 — 特殊事情の影響を排除
- 時点修正 — 取引時点と価格時点の価格変動を反映
- 地域要因の比較 — 取引事例の所在する地域と対象不動産の所在する地域の比較
- 個別的要因の比較 — 取引事例の個別的要因と対象不動産の個別的要因の比較
この順序を算式で表すと以下の通りです。
比準価格 = 取引価格 × 事情補正率 × 時点修正率
× 地域要因比較 × 個別的要因比較
一連の流れを通した計算例
住宅地の更地について、以下の取引事例を用いて比準価格を算定する場合を考えます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 取引価格 | 4,500万円(100m²当たり) |
| 特殊事情 | 売急ぎ(正常価格より10%低い) |
| 取引時点 | 1年前 |
| 地価変動率 | 年5%上昇 |
| 地域格差 | 取引事例の地域が対象不動産の地域より5%優る |
| 個別格差 | 対象不動産が取引事例より3%優る |
比準価格 = 4,500万円 × (100/90) × (105/100) × (100/105) × (103/100)
= 4,500万円 × 1.111 × 1.05 × 0.952 × 1.03
= 4,500万円 × 1.146
≒ 5,157万円
このように、各補正・修正を段階的に適用することで、取引事例の価格から対象不動産の比準価格を導きます。
事情補正と時点修正の比較
| 項目 | 事情補正 | 時点修正 |
|---|---|---|
| 目的 | 特殊事情の影響を排除 | 価格変動を反映 |
| 原因 | 取引当事者の特殊な事情 | 時間の経過による市場変動 |
| 方法 | 事情補正率の乗算 | 時点修正率の乗算 |
| 判断基準 | 取引の個別事情の分析 | 地価動向の分析 |
| 適用順序 | 先に行う(第1ステップ) | 後に行う(第2ステップ) |
| 不要な場合 | 正常な取引の場合 | 取引時点と価格時点が同一の場合 |
両者の共通点は、いずれも取引事例の価格を「正常な価格」「現時点の価格」に引き直す作業であり、比準価格の信頼性を高めるための不可欠なプロセスである点です。
複数の取引事例の活用
取引事例比較法では、複数の取引事例から比準価格を求め、それらを比較考量して最終的な比準価格を判定します。
比較考量の方法
例えば、3件の取引事例からそれぞれ比準価格を算定した場合。
| 事例 | 算定された比準価格 | 信頼性の評価 |
|---|---|---|
| 事例A | 5,100万円 | 近隣地域の最近の事例で、事情補正が不要。信頼性高い |
| 事例B | 5,300万円 | 類似地域の事例で、地域格差の判定にやや幅がある |
| 事例C | 4,800万円 | 取引時点がやや古く、時点修正の精度に課題あり |
各事例の資料としての信頼性(事情補正・時点修正の精度、地域格差の判定精度等)を検討し、事例Aを最も重視して比準価格を5,100万円と判定する、というのが比較考量の具体的なプロセスです。
試験での出題ポイント
短答式試験
- 事情補正と時点修正の定義の正誤判定
- 事情補正が必要となる具体的な事例の判別
- 補正・修正の適用順序(事情補正→時点修正→地域要因→個別的要因)
- 事例として選択してはならない取引の判別
論文式試験
- 事情補正の意義・方法を体系的に論述する問題
- 時点修正の意義と具体的な修正方法の記述
- 取引事例比較法の4つのステップ全体を通して論述する問題
- 事例選択の要件と事情補正の限界についての論述
暗記のポイント
- 取引事例比較法の4ステップは「事情→時点→地域→個別」の順序
- 事情補正ができない事例はそもそも選択してはならない
- 時点修正率は地価公示等の推移から求める
- 比準価格の算定式: 取引価格 × 事情補正 × 時点修正 × 地域比較 × 個別比較
- 投機的取引の事例は選択そのものが禁止
まとめ
事情補正と時点修正は、取引事例比較法の中核をなす補正・修正の手続きです。事情補正は特殊事情の影響を排除し、時点修正は価格変動を反映するという、それぞれ異なる役割を担います。
実際の鑑定評価では、売急ぎ・買い進み等の事情補正率や地価変動率の判断に高度な専門的判断が求められます。試験対策としては、基準の条文と具体的な計算プロセスの双方を理解しておくことが重要です。
さらに理解を深めるには、取引事例比較法の全体像や価格形成要因の記事も参照してください。時点修正の具体的な方法論については時点修正の方法で詳しく解説しています。