マクロ経済学の出題傾向と学習の方向性

不動産鑑定士試験の論文式・経済学において、マクロ経済学は出題の約半分を占めます。特にIS-LMモデルAD-ASモデル乗数理論は繰り返し出題される超頻出テーマであり、財政政策・金融政策の効果分析を中心に計算問題とグラフ分析が問われます。

マクロ経済学は、ミクロ経済学が個別の市場を分析するのに対し、経済全体(GDP、物価水準、失業率等)を分析する学問です。不動産市場は金利や景気動向の影響を強く受けるため、マクロ経済学の知識は鑑定評価の実務にも役立ちます。

国民所得の決定

45度線分析(ケインジアン・クロス)

45度線分析は、最も基本的なマクロ経済モデルです。

基本モデル(封鎖経済・政府なし)

Y = C + I(国民所得 = 消費 + 投資)
C = C0 + cY(消費関数:C0は基礎消費、cは限界消費性向)

均衡国民所得

Y = C0 + cY + I
Y − cY = C0 + I
Y(1 − c) = C0 + I
Y* = (C0 + I) / (1 − c)

政府部門を含むモデル

Y = C + I + G
C = C0 + c(Y − T)  ※T:租税

均衡国民所得:

Y = C0 + c(Y − T) + I + G
Y(1 − c) = C0 − cT + I + G
Y* = (C0 − cT + I + G) / (1 − c)

乗数効果

乗数効果は、マクロ経済学の最も基本的な概念であり、試験でも頻出です。

乗数 意味
政府支出乗数 1/(1−c) 政府支出が1単位増加したときのGDPの増加量
租税乗数 −c/(1−c) 租税が1単位増加したときのGDPの減少量
均衡予算乗数 1 政府支出と租税が同額増加したときのGDPの増加量
投資乗数 1/(1−c) 投資が1単位増加したときのGDPの増加量

計算例

限界消費性向 c = 0.8、政府支出が100億円増加した場合:

政府支出乗数 = 1/(1−0.8) = 1/0.2 = 5
GDPの増加額 = 5 × 100億円 = 500億円

均衡予算乗数の定理:政府支出100億円増 + 租税100億円増の場合:

GDP増加額 = 100億円 × 1/(1−0.8) + (−100億円) × 0.8/(1−0.8)
           = 500億円 − 400億円 = 100億円
(均衡予算乗数 = 1)

IS-LMモデル

IS曲線

IS曲線は、財市場を均衡させる国民所得Yと利子率rの組み合わせの軌跡です。

IS曲線の導出

Y = C(Y−T) + I(r) + G

投資I(r)は利子率rの減少関数であるため、IS曲線は右下がりになります。

IS曲線のシフト要因

要因 シフトの方向 理由
政府支出Gの増加 右にシフト 総需要の増加
減税(Tの減少) 右にシフト 可処分所得の増加→消費増
投資の自発的増加 右にシフト 総需要の増加

LM曲線

LM曲線は、貨幣市場を均衡させる国民所得Yと利子率rの組み合わせの軌跡です。

LM曲線の導出

M/P = L(Y, r) = L1(Y) + L2(r)

(M:名目マネーサプライ、P:物価水準、L1:取引的貨幣需要、L2:投機的貨幣需要)

所得Yが増加すると取引的貨幣需要が増加し、貨幣市場の均衡を維持するためには利子率rが上昇する必要があるため、LM曲線は右上がりになります。

LM曲線のシフト要因

要因 シフトの方向 理由
マネーサプライの増加 右(下)にシフト 貨幣市場の超過供給→利子率低下
物価水準の低下 右(下)にシフト 実質貨幣供給の増加

IS-LMの均衡と政策効果

IS曲線とLM曲線の交点で、財市場と貨幣市場が同時に均衡する国民所得と利子率が決定されます。

財政政策の効果(IS曲線のシフト)

政府支出の増加→IS曲線が右にシフト→均衡所得Y増加、均衡利子率r上昇

ただし、利子率の上昇により投資が減少する効果(クラウディング・アウト)が発生するため、乗数効果は45度線分析の場合よりも小さくなります。

金融政策の効果(LM曲線のシフト)

マネーサプライの増加→LM曲線が右にシフト→均衡所得Y増加、均衡利子率r低下

利子率の低下により投資が増加し、所得の拡大につながります。

特殊ケース

ケース 特徴 政策効果
流動性の罠 LM曲線が水平(利子率が下限に張りつき) 金融政策は無効、財政政策は有効
投資の利子弾力性ゼロ IS曲線が垂直 金融政策は無効、財政政策が完全に有効
古典派のケース LM曲線が垂直(貨幣需要の利子弾力性ゼロ) 金融政策が有効、財政政策は無効(完全なクラウディング・アウト)

計算例

IS曲線:Y = 1,000 − 50r + 2G(G = 200) LM曲線:Y = 500 + 100r(M/P = 500)

IS:Y = 1,000 − 50r + 400 = 1,400 − 50r
LM:Y = 500 + 100r

均衡条件:
1,400 − 50r = 500 + 100r
900 = 150r
r* = 6(%)
Y* = 500 + 100(6) = 1,100

政府支出が200→250に増加した場合(ΔG = 50):

新しいIS:Y = 1,400 + 2(50) − 50r = 1,500 − 50r
1,500 − 50r = 500 + 100r
1,000 = 150r
r** = 6.67(%)
Y** = 500 + 100(6.67) = 1,167

GDPの増加額 = 1,167 − 1,100 = 67
(ΔG = 50 に対して67の増加→乗数は約1.33)

クラウディング・アウトがなければ乗数は2(=ΔY/ΔG × 2G係数)ですが、利子率上昇による投資減少により、実際の効果は小さくなっています。

AD-ASモデル

AD曲線(総需要曲線)

AD曲線は、物価水準Pと総需要(実質GDP)Yの関係を示す曲線です。IS-LMモデルから導出されます。

物価水準Pの低下→実質貨幣供給M/Pの増加→LM曲線が右シフト→均衡所得Yの増加

したがって、AD曲線は右下がりになります。

AS曲線(総供給曲線)

AS曲線は、物価水準Pと総供給(実質GDP)Yの関係を示す曲線です。

モデル AS曲線の形状 前提
ケインジアン 水平(短期) 名目賃金が固定。価格が変化しても供給量は変化
古典派 垂直(長期) 完全雇用GDP水準で固定。物価が変化してもGDP不変
短期AS 右上がり 名目賃金の下方硬直性。物価上昇→実質賃金低下→雇用増→GDP増

AD-ASモデルによる政策分析

政策 AD曲線への影響 短期の効果 長期の効果
拡張的財政政策 右にシフト GDP増、物価上昇 GDP不変(完全雇用に復帰)、物価さらに上昇
拡張的金融政策 右にシフト GDP増、物価上昇 GDP不変、物価さらに上昇
供給ショック(原油価格上昇等) ASが左にシフト GDP減、物価上昇(スタグフレーション

マンデル=フレミングモデル

開放経済のIS-LMモデル

マンデル=フレミングモデルは、IS-LMモデルを開放経済に拡張したモデルです。為替レートの決定メカニズムと、為替制度による財政政策・金融政策の効果の違いを分析します。

小国開放経済の前提

  • 資本移動が完全に自由
  • 国内利子率 = 世界利子率(r = r*)

政策効果の比較

政策 変動相場制 固定相場制
財政政策 無効(為替レート増価で純輸出減少→効果が相殺) 有効
金融政策 有効(為替レート減価で純輸出増加→効果が拡大) 無効(為替維持のため貨幣供給を調整→効果が相殺)

暗記のコツ:変動相場制では金融政策が有効、固定相場制では財政政策が有効と覚えます。

計算例(変動相場制での金融政策)

マネーサプライの増加→LM曲線が右にシフト→利子率が世界利子率を下回る→資本流出→為替レートが減価(円安)→純輸出が増加→IS曲線も右にシフト→GDPが増加

フィリップス曲線とインフレーション

フィリップス曲線

フィリップス曲線は、失業率とインフレ率のトレードオフ関係を示す曲線です。

  • 短期フィリップス曲線:右下がり(失業率を下げるにはインフレ率の上昇を許容する必要)
  • 長期フィリップス曲線:垂直(自然失業率の水準で固定)

自然失業率仮説

フリードマンが提唱した自然失業率仮説によれば、長期的には失業率は自然失業率に収束し、金融政策によって失業率を恒久的に引き下げることはできません。

経済成長理論

ソロー・モデル

ソロー成長モデルは、経済成長の要因を分析する基本的なモデルです。

基本方程式

Δk = sf(k) − (n + δ)k
  • k:一人当たり資本(K/L)
  • s:貯蓄率
  • f(k):一人当たり生産関数
  • n:人口成長率
  • δ:資本減耗率

定常状態

定常状態では Δk = 0 となり、一人当たり資本kが一定になります。

sf(k*) = (n + δ)k*

定常状態における成長は技術進歩のみによってもたらされます。

黄金律

黄金律とは、定常状態における一人当たり消費を最大化する貯蓄率の条件です。

f'(k) = n + δ
(資本の限界生産力 = 人口成長率 + 減耗率)

不動産鑑定評価との関連

金利と不動産価格

IS-LMモデルにおける利子率の変動は、不動産市場に大きな影響を与えます。金融緩和による利子率の低下は、収益還元法における還元利回りの低下を通じて不動産価格の上昇につながります。

景気動向と価格形成要因

マクロ経済学で分析されるGDP、物価水準、失業率等の指標は、鑑定評価基準における一般的要因に該当し、不動産価格に影響を及ぼします。

為替レートと不動産投資

マンデル=フレミングモデルで分析される為替レートの変動は、海外投資家による日本の不動産投資に影響を与え、特に証券化対象不動産の市場動向に関連します。

試験での出題ポイント

論文式試験の出題パターン

  • IS-LMモデル:均衡の計算、財政政策・金融政策の効果分析
  • 乗数効果:政府支出乗数・租税乗数・均衡予算乗数の計算
  • AD-ASモデル:短期と長期の政策効果の比較
  • マンデル=フレミングモデル:変動相場制と固定相場制での政策効果の比較
  • フィリップス曲線:短期と長期のトレードオフ
  • ソロー・モデル:定常状態の計算、黄金律

暗記のポイント

  1. 政府支出乗数:1/(1−c)、租税乗数:−c/(1−c)、均衡予算乗数:1
  2. IS曲線:右下がり(財市場均衡)、LM曲線:右上がり(貨幣市場均衡)
  3. 流動性の罠:LM水平→金融政策無効、財政政策有効
  4. 古典派のケース:LM垂直→金融政策有効、財政政策無効(完全クラウディング・アウト)
  5. 変動相場制:金融政策が有効、固定相場制:財政政策が有効
  6. 短期フィリップス曲線:右下がり、長期フィリップス曲線:垂直(自然失業率)
  7. ソロー・モデルの定常状態:sf(k) = (n+δ)k
  8. 黄金律の条件:f'(k) = n + δ

まとめ

マクロ経済学は、IS-LMモデルを中心に、乗数理論AD-ASモデルマンデル=フレミングモデル経済成長理論へと展開する体系的な学問です。不動産鑑定士試験では、特にIS-LMモデルを用いた財政政策・金融政策の効果分析が頻出であり、グラフの描画と計算問題の両方に対応できるようにしておく必要があります。

流動性の罠や古典派のケースといった特殊ケースは、政策効果が通常と異なるため引っかけ問題になりやすく、注意が必要です。マンデル=フレミングモデルの「変動相場制→金融政策有効、固定相場制→財政政策有効」も必ず暗記しておきましょう。

ミクロ経済学の需要供給分析と併せて経済学全体の対策を進め、会計学とともに教養科目で安定した得点を目指してください。