鑑定評価基準の改正の歴史と背景
鑑定評価基準の改正の概観
不動産鑑定評価基準は、昭和39年(1964年)に制定されて以来、社会経済情勢の変化に対応して複数回の改正を経てきました。不動産鑑定士試験において、基準の改正の歴史とその背景は、鑑定評価制度の本質を理解するための重要な論点です。特に、バブル崩壊後の平成2年改正・平成14年改正、不動産証券化の進展に対応した改正は、現行基準の骨格を形作っています。
不動産の鑑定評価に関する法律(以下「法」という。)に基づき、不動産の鑑定評価の基準として、不動産鑑定評価基準を次のように設定する。
― 不動産鑑定評価基準 前文
鑑定評価基準の制定(昭和39年)
制定の背景
昭和39年(1964年)、不動産の鑑定評価に関する法律(昭和38年法律第152号)の制定を受けて、鑑定評価基準が設定されました。
制定の背景には、以下の事情がありました。
- 高度経済成長期における地価の急上昇と土地問題の深刻化
- 不動産の適正な価格の形成に資する制度の必要性
- 不動産鑑定評価の統一的な基準の確立の要請
- 地価公示制度の創設に向けた基盤整備
制定時の基準の特徴
制定時の基準は、不動産の鑑定評価の基本的な枠組みを確立するものでした。
主要な改正の変遷
昭和44年改正
土地の分類の整理を主な内容とする改正が行われました。
- 宅地の分類の見直し
- 更地・建付地等の土地の類型の整理
- 各類型に応じた鑑定評価の手法の適用方法の明確化
昭和48年改正
高度経済成長期の地価高騰を背景とした改正です。
- 地価公示との関連の強化(規準の概念の導入)
- 鑑定評価の適正さを確保するための制度的手当
平成2年改正(バブル期の教訓)
バブル経済下の地価高騰を背景とした、極めて重要な改正です。
この改正の背景には以下の事情がありました。
- 1980年代後半の地価の異常な高騰
- 不動産取引の過熱と投機的な取引の横行
- 鑑定評価がバブル期の市場動向に追随したとの批判
- 鑑定評価の在り方そのものが問い直された
主な改正内容は以下のとおりです。
- 正常価格の定義の見直し:「合理的と考えられる条件を満たす市場」の概念を明確化
- 収益還元法の重視:取引事例比較法偏重からの脱却
- 投機的取引の排除:正常価格の概念において投機的な要素を排除する方向性
この改正は、鑑定評価基準の歴史において最も重要な転換点の一つです。バブル期に鑑定評価が投機的な市場に追随したことへの反省から、収益性に基づく合理的な評価の重要性が強調されるようになりました。
平成14年改正(不動産証券化への対応)
不動産証券化の進展とグローバル化を背景とした大規模な改正です。
この時期の背景には以下の事情がありました。
- 不動産の証券化・流動化が急速に進展
- J-REIT(不動産投資信託)の上場開始(2001年)
- DCF法等の精緻な収益分析手法の実務上の普及
- 国際的な評価基準との整合性の必要性
主な改正内容は以下のとおりです。
- DCF法の基準への明文化:将来のキャッシュフローを割り引いて現在価値を求める手法が基準に位置づけられた
- 証券化対象不動産の評価に関する規定の新設
- エンジニアリング・レポート(ER)の活用に関する規定
- 特定価格の概念の整理:証券化に関連する価格概念の明確化
- 鑑定評価の手順の充実
平成19年改正
不動産市場のさらなる発展と鑑定評価の信頼性向上を目的とした改正です。
- 価格等調査ガイドラインの策定
- 鑑定評価書の記載事項の充実
- 説明責任の強化
- 証券化対象不動産の評価に関する規定のさらなる整備
平成26年改正
社会経済環境の変化への対応を図った改正です。
- 建物評価の充実(建物のエンジニアリング的な視点の導入)
- 既存建物の有効活用の観点からの規定の見直し
- 不動産のタイプの多様化への対応
- 鑑定評価の実務上の課題への対応
改正の背景にある社会経済的変化
バブル崩壊と鑑定評価
バブル期(1980年代後半)とその崩壊(1990年代初頭)は、鑑定評価制度に最も大きな影響を与えた出来事です。
| 時期 | 出来事 | 鑑定評価への影響 |
|---|---|---|
| 1985〜1990年 | 地価の異常な高騰 | 取引事例の価格上昇に追随した評価 |
| 1991〜 | バブル崩壊、地価の急落 | 鑑定評価の在り方への批判と見直し |
| 1990年改正 | 基準の大幅改正 | 正常価格の明確化、収益還元法の重視 |
バブル期の教訓は、市場動向に過度に追随するのではなく、不動産の本源的な価値(収益性)に基づく評価の重要性を示すものでした。
不動産証券化の進展
2000年代以降の不動産証券化の急速な進展は、鑑定評価に新たな課題をもたらしました。
- J-REITの上場(2001年)により、不動産が金融商品としての性格を強めた
- 証券化に伴う鑑定評価では、投資家への情報提供としての機能が重視されるようになった
- DCF法など、より精緻な収益分析手法の適用が求められるようになった
- 証券化対象不動産の評価に関する固有の規定が必要になった
国際化と評価基準
不動産市場のグローバル化に伴い、国際評価基準(IVS)との整合性も意識されるようになりました。
- 海外投資家の日本不動産市場への参入増加
- クロスボーダー取引における評価の統一性への要請
- IVSにおける市場価値(Market Value)の概念と、日本の正常価格の概念との対応関係の整理
現行基準の体系
総論と各論
現行の鑑定評価基準は、総論と各論で構成されています。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 総論第1章 | 不動産の鑑定評価に関する基本的考察 |
| 総論第2章 | 不動産の種別及び類型 |
| 総論第3章 | 不動産の価格を形成する要因 |
| 総論第4章 | 不動産の価格に関する諸原則 |
| 総論第5章 | 鑑定評価の基本的事項 |
| 総論第6章 | 地域分析及び個別分析 |
| 総論第7章 | 鑑定評価の方式 |
| 総論第8章 | 鑑定評価の手順 |
| 総論第9章 | 鑑定評価報告書 |
| 各論第1章 | 価格に関する鑑定評価(不動産の類型別) |
| 各論第2章 | 賃料に関する鑑定評価 |
| 各論第3章 | 証券化対象不動産の価格に関する鑑定評価 |
留意事項の位置づけ
鑑定評価基準を補完するものとして、不動産鑑定評価基準に関する実務指針(留意事項)が設けられています。
- 基準の各規定を実務的な観点から補足・詳細化
- 基準本体と一体として運用される
- 基準改正と連動して改正されることが多い
基準改正の意義と今後の展望
改正の一般的な意義
鑑定評価基準の改正は、以下のような意義を持ちます。
- 社会経済環境の変化への適応:不動産市場の構造変化に対応した評価の枠組みの整備
- 鑑定評価の信頼性の向上:評価の質を高め、社会からの信頼を確保する
- 国際的な整合性の確保:グローバルな評価基準との調和を図る
- 新たな不動産タイプへの対応:テクノロジーの進展等に伴う新たな不動産の出現への対応
今後の課題
鑑定評価基準は今後も、社会経済環境の変化に対応して改正が続けられると考えられます。想定される課題としては、以下のようなものがあります。
- ESG・サステナビリティへの対応:環境性能が不動産価値に与える影響の評価
- テクノロジーの活用:AI・ビッグデータ等の鑑定評価への活用と規制の在り方
- 新たな不動産類型:データセンター、物流施設等の多様化する不動産への対応
- 不確実性の高い環境下での評価の在り方
試験での出題ポイント
短答式試験
- 鑑定評価基準の制定年(昭和39年)と制定の背景
- 平成2年改正と平成14年改正の主な内容と背景の正確な理解
- DCF法が基準に明文化された改正の時期
- 証券化対象不動産の評価に関する規定が設けられた改正の時期
論文式試験
- 基準改正の歴史的変遷を論述する問題
- バブル期の教訓と基準改正の関係を体系的に論じる問題
- 収益還元法が重視されるようになった背景と意義を論述する問題
- 証券化の進展が鑑定評価制度に与えた影響を論じる問題
暗記のポイント
- 昭和39年制定:不動産の鑑定評価に関する法律に基づき制定
- 平成2年改正:バブル崩壊を背景に正常価格の明確化、収益還元法の重視
- 平成14年改正:証券化の進展に対応、DCF法の明文化、証券化対象不動産の規定新設
- 平成26年改正:建物評価の充実、社会経済環境の変化への対応
- 基準は総論9章+各論3章で構成される
まとめ
鑑定評価基準は昭和39年の制定以来、社会経済情勢の変化に対応して複数回の改正を重ねてきました。特に、バブル崩壊後の平成2年改正による正常価格の明確化と収益還元法の重視、平成14年改正によるDCF法の明文化と証券化対象不動産の規定新設は、現行基準の骨格を形作る重要な改正です。基準改正の歴史を理解することは、鑑定評価制度の本質と現行基準の趣旨を正確に把握するために不可欠です。関連する論点として、正常価格の概念や鑑定評価の三方式もあわせて確認しましょう。