敷金・保証金の運用益と鑑定評価
敷金・保証金の運用益とは
敷金と保証金は、賃貸借契約に際して借主から貸主に預託される一時金です。不動産鑑定士試験では、収益還元法における一時金の運用益の計上方法が繰り返し問われています。
鑑定評価上、敷金・保証金は貸主が運用可能な預り金であるため、その運用益は総収益に加算されます。この運用益の取扱いを正確に理解することが、収益価格の適正な査定につながります。
総収益は、一般に、対象不動産の確実と認められる適正な収入に基づいて求めるものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
敷金とは
定義と法的性格
敷金とは、賃貸借契約に基づいて借主が貸主に交付する金銭であって、賃料債務その他の債務を担保する目的で預託されるものをいいます。
民法第622条の2(2020年改正民法で明文化)により、敷金は以下のように定義されています。
- 賃料債務の担保: 賃料の未払い、原状回復費用等に充当される
- 契約終了時に返還: 賃貸借終了後、未払い賃料等を控除した残額が返還される
- 預り金としての性格: 所有権は借主に帰属するが、貸主が保管・運用する
敷金の水準
| 用途 | 一般的な水準 |
|---|---|
| 住宅 | 月額賃料の1〜2ヶ月分 |
| 事務所 | 月額賃料の6〜12ヶ月分 |
| 店舗 | 月額賃料の6〜10ヶ月分 |
保証金とは
定義と敷金との違い
保証金は、主に事業用建物の賃貸借において授受される一時金です。敷金と類似していますが、以下の点で異なる場合があります。
| 比較項目 | 敷金 | 保証金 |
|---|---|---|
| 法的根拠 | 民法第622条の2で明文化 | 契約上の合意に基づく |
| 返還方法 | 全額返還が原則 | 償却(一部返還しない)の特約がある場合が多い |
| 返還時期 | 契約終了時に即時返還 | 分割返還(据置期間あり)の場合がある |
| 金額水準 | 比較的少額 | 敷金より高額の場合が多い |
保証金の償却
保証金には償却特約(一定割合を返還しない旨の特約)が付されることがあります。たとえば「保証金は月額賃料の10ヶ月分とし、退去時に20%を償却する」といった条件です。
この償却部分は、実質的に権利金的な性格を有し、鑑定評価においては別途の考慮が必要です。
鑑定評価における運用益の計上
運用益の基本的考え方
貸主は、借主から預かった敷金・保証金を契約期間中運用することが可能です。鑑定評価では、この運用益を総収益の一部として計上します。
運用益の計算は以下のとおりです。
一時金の運用益 = 預り金額 × 運用利回り
運用利回りの査定
運用利回りは、貸主が安全確実に運用できる水準として、一般に長期国債利回りや定期預金金利等の安全資産の利回りを参考に査定します。
| 運用利回りの参考指標 | 概要 |
|---|---|
| 長期国債利回り | 10年物国債の利回り |
| 定期預金金利 | 大口定期預金の金利 |
| 安全資産の利回り | リスクの低い金融商品の利回り |
近年は超低金利環境が続いているため、運用利回りは1%前後又はそれ以下の水準で設定されることが多くなっています。
計上の具体例
【運用益の計算例】
敷金: 月額賃料50万円 × 6ヶ月分 = 300万円
運用利回り: 1.0%
運用益 = 300万円 × 1.0% = 3万円/年
→ 年間総収益に3万円を加算
直接還元法における取扱い
安定的な運用益の計上
直接還元法では、敷金・保証金の運用益を安定的に得られる収入として年額で計上します。テナントの入替えがあっても、新たなテナントから同額の敷金・保証金が預託されることを前提とするため、運用益は継続的に発生すると考えます。
償却部分の取扱い
保証金に償却特約がある場合、償却部分はテナント入替えの際に発生する収入として、年平均額に換算して計上することがあります。
【償却部分の年平均額】
保証金の償却額: 100万円
テナント平均入居期間: 5年
年平均額 = 100万円 ÷ 5年 = 20万円/年
DCF法における取扱い
各年度の運用益計上
DCF法では、各年度の預り金残高に運用利回りを乗じて運用益を算出し、各年度のキャッシュフローに加算します。
テナント入替え時の処理
DCF法では、テナントの入替えが予測される年度について、以下の処理を行います。
- 退去テナントへの敷金返還: キャッシュフローから控除
- 新規テナントからの敷金受入れ: キャッシュフローに加算
- 差額の計上: 入替え前後の敷金水準が変わる場合はその差額を反映
復帰価格への影響
分析期間終了時点の復帰価格を求める際にも、敷金・保証金の水準を考慮する必要があります。復帰価格は保有期間終了後のキャッシュフローに基づいて算定されるため、将来の敷金・保証金の水準が収益価格に影響します。
新規賃料と一時金の関係
実質賃料の概念
不動産の賃貸借においては、月額賃料だけでなく一時金を含めた実質的な負担額で経済性を評価する必要があります。この考え方を表すのが実質賃料の概念です。
実質賃料とは、賃料の種類の如何を問わず、不動産の賃貸借等の契約に当たって賃貸人等に支払われる経済的対価のすべてをいう。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章第4節
実質賃料の構成
実質賃料は以下の要素から構成されます。
| 構成要素 | 内容 |
|---|---|
| 純賃料 | 不動産の使用収益に対する対価 |
| 必要諸経費等 | 公租公課、維持管理費、減価償却費等 |
| 権利金等の運用益 | 権利金、敷金等の運用益 |
| 権利金等の償却額 | 返還されない一時金の期間配分額 |
一時金が高い場合の月額賃料
敷金・保証金が高額であるほど、借主の資金負担が大きくなります。そのため、一時金が高い場合は月額賃料が低めに設定されるという関係が見られることがあります。鑑定評価ではこのような賃料と一時金のトレードオフ関係にも留意が必要です。
継続賃料と一時金の関係
賃料改定時の考慮
継続賃料の評価において、敷金・保証金の水準は重要な考慮要素です。契約当初に高額の保証金を差し入れている場合、その運用益相当額が実質的に賃料の一部を構成していると考えられるためです。
差額配分法における取扱い
差額配分法で継続賃料を求める場合、現行の実質賃料と適正な実質賃料の差額を算出する際に、敷金・保証金の運用益を実質賃料に含めて比較する必要があります。
利回り法における取扱い
利回り法では、基礎価格に継続賃料利回りを乗じて純賃料を求めますが、この純賃料に必要諸経費等と一時金の運用益を加算して実質賃料を算出します。
敷金・保証金と不動産市場の動向
敷金・保証金の低下傾向
近年、不動産市場では敷金・保証金の水準が低下する傾向が見られます。
- 住宅: 敷金ゼロ・礼金ゼロの物件が増加
- オフィス: テナント確保のため敷金の月数を引き下げる事例が増加
- 保証会社の普及: 賃料保証会社の利用により、高額な敷金が不要に
鑑定評価への影響
敷金・保証金の水準が低下すると、運用益収入も減少します。直接還元法やDCF法の適用にあたっては、現在の市場慣行を反映した水準で敷金・保証金を設定する必要があります。
また、敷金・保証金の低下は貸主のキャッシュフローの安定性にも影響します。テナントの信用リスクに対する備えが薄くなるため、貸倒れリスクの増大を還元利回りに反映させることも検討すべきです。
試験での出題ポイント
短答式試験
- 運用益の計上方法: 敷金・保証金の運用益は総収益に加算する
- 運用利回りの水準: 安全資産の利回りを参考にする点が問われる
- 実質賃料の構成要素: 純賃料+必要諸経費等+一時金の運用益+償却額
論文式試験
- 実質賃料の概念と構成要素を正確に論述する問題
- 収益還元法における一時金の取扱い(直接還元法とDCF法の違い)
- 敷金と保証金の違い、特に償却特約の有無による取扱いの差異
暗記のポイント
- 一時金の運用益 = 預り金額 × 運用利回り
- 運用利回りは安全資産の利回りを参考に査定
- 実質賃料 = 純賃料 + 必要諸経費等 + 一時金の運用益 + 償却額
- 直接還元法: 年額で安定的に計上
- DCF法: 各年度の預り金残高に基づいて計上、入替え時は入出金を個別反映
まとめ
敷金・保証金の運用益は、収益還元法における総収益の重要な構成要素です。貸主が預り金を運用して得られる収益は、直接還元法では年額で安定的に計上し、DCF法では各年度の残高に基づいて計上します。また、実質賃料の概念を正確に理解し、純賃料・必要諸経費等・一時金の運用益・償却額の構成要素を試験で記述できるよう整理しておきましょう。一時金の体系的な理解については、更新料・名義書換料の評価もあわせて確認してください。