総費用と純収益の算定フロー

収益還元法における収益価格の算定では、対象不動産の運営収益から運営費用を控除してNOI(運営純収益)を求め、さらに資本的支出を控除してNCF(ネットキャッシュフロー)を求めるという一連の計算フローがあります。不動産鑑定士試験において、この算定フローの各段階と構成項目を正確に理解することは、収益還元法の論述問題で高得点を取るための必須条件です。

本記事では、運営収益からNOI、そしてNCFに至るまでの計算フローを段階別に整理し、各項目の意味と査定方法を体系的に解説します。不動産鑑定士の実務においても、この算定フローは鑑定評価書の収支明細の骨格をなすものです。

純収益は、不動産に帰属する適正な収益をいい、一般に、総収益から総費用を控除して求めるものとする。

― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節


算定フローの全体像

4段階の算定プロセス

運営収益から純収益に至るまでの計算フローは、以下の4段階で構成されます。

【算定フローの全体像】

第1段階: 潜在総収益(PGI)の算定
  ↓ △空室等損失 △貸倒れ損失
第2段階: 実効総収益(EGI)の算定
  ↓ △運営費用
第3段階: NOI(運営純収益)の算定
  ↓ △資本的支出 +一時金の運用益
第4段階: NCF(ネットキャッシュフロー)の算定

各段階の関係式

段階 算定式 用途
第1段階 PGI = 満室想定賃料 + その他収入 理論上の最大収入
第2段階 EGI = PGI − 空室等損失 − 貸倒れ損失 実質的な収入見込み
第3段階 NOI = EGI − 運営費用 直接還元法の基礎となる純収益
第4段階 NCF = NOI − 資本的支出(+一時金運用益等の調整) DCF法の基礎となる純収益

第1段階: 潜在総収益(PGI)の算定

PGIの構成項目

潜在総収益(PGI: Potential Gross Income)は、対象不動産が満室で稼働した場合の収入の総額です。

項目 内容 査定方法
貸室賃料収入 テナントから受け取る賃料(満室想定) 市場賃料水準を調査・査定
共益費収入 共用部分の管理費用に充当する収入 賃料と一体または別建てで査定
駐車場収入 駐車場区画の使用料 周辺の駐車場料金を参考に査定
その他収入 看板設置料、自販機収入、アンテナ設置料等 個別契約に基づいて査定

PGIの査定における留意点

  • 新規賃料と継続賃料の区別: 直接還元法では安定的な市場賃料水準を前提とし、DCF法では既存テナントの契約賃料と市場賃料を区分して査定する
  • 共益費の取扱い: 賃料に共益費を含むグロス賃料方式か、別建てのネット賃料方式かを確認する
  • 季節変動のある収入: 月極駐車場・時間貸し駐車場等は年間平均で把握する

第2段階: 実効総収益(EGI)の算定

空室等損失の控除

PGIから空室等損失を控除します。空室等損失は、テナントの退去・入替えに伴う空室期間やフリーレント期間等による収入減少分です。

空室等損失 = PGI × 空室率

貸倒れ損失の控除

さらに貸倒れ損失(テナントの賃料滞納・未回収リスク)を控除します。

貸倒れ損失 =(PGI − 空室等損失)× 貸倒れ率

EGIの算定式

EGI = PGI − 空室等損失 − 貸倒れ損失

空室等損失と貸倒れ損失の査定方法で詳細な査定アプローチを解説しています。


第3段階: NOI(運営純収益)の算定

運営費用の構成項目

EGIから運営費用(Operating Expenses)を控除してNOI(Net Operating Income: 運営純収益)を算定します。

費用項目 内容 査定の視点
維持管理費 清掃、警備、設備保守点検、エレベーター保守等 管理委託契約の金額、類似物件比較
水道光熱費 共用部分の電気、水道、ガス等 過去実績、テナント負担分を除く
修繕費 日常の小修繕、経常的修繕費 過去実績の平準化、再調達原価比率
PMフィー プロパティマネジメント報酬 EGIの2〜5%程度
テナント募集費用 仲介手数料、広告費等 想定入替え頻度に基づく年間平準額
公租公課 固定資産税、都市計画税 課税明細による実額査定
損害保険料 火災保険、地震保険等 保険契約による実額査定
その他費用 町内会費、法定点検費用等 個別に確認

NOIの算定式

NOI = EGI − 運営費用合計

NOIに含めない費用

以下の費用はNOIの算定において控除しません

項目 NOIに含めない理由
資本的支出(CapEx) NCFの算定時に別途控除する
減価償却費 現金支出を伴わない会計上の費用配分
借入金返済額 ファイナンス構造に依存する項目
所得税・法人税 所有者の属性に依存する税金

第4段階: NCF(ネットキャッシュフロー)の算定

NOIからNCFへの調整

NOIから資本的支出を控除し、一時金の運用益等を加算してNCF(Net Cash Flow: ネットキャッシュフロー)を算定します。

NCF = NOI − 資本的支出 + 一時金の運用益

NCFの調整項目

調整項目 加減 内容
資本的支出(CapEx) 控除 大規模修繕・設備更新等の支出
一時金の運用益 加算 敷金・保証金の運用から得られる収益

資本的支出と修繕費の区分および一時金の運用益と返還準備金で、各調整項目の詳細を解説しています。

NOIとNCFの使い分け

手法 使用する純収益 対応する利回り
直接還元法 NOI NOI利回り(還元利回り)
DCF法 NCF 割引率

NOI・NCF・EBITDAの関係で詳細な使い分けの理論を解説しています。


算定フローの計算例

前提条件: 都心オフィスビル

項目 数値
貸室面積 300坪
月額賃料(満室想定) 18,000円/坪
共益費 3,000円/坪
駐車場 月額40,000円 x 8台
空室率 4%
貸倒れ率 1%
敷金 賃料の6ヶ月分
運用利回り 1.5%

第1段階: PGIの算定

貸室賃料   18,000円 x 300坪 x 12ヶ月    = 64,800,000円
共益費      3,000円 x 300坪 x 12ヶ月    = 10,800,000円
駐車場     40,000円 x 8台 x 12ヶ月      =  3,840,000円
その他収入(看板設置料等)                =    480,000円
─────────────────────
PGI                                      = 79,920,000円

第2段階: EGIの算定

PGI                                      = 79,920,000円
△空室等損失(4%)                        = △3,196,800円
△貸倒れ損失(1%)                        =   △767,232円
─────────────────────
EGI                                      = 75,955,968円

第3段階: NOIの算定

EGI                                      = 75,955,968円

<運営費用>
維持管理費                                =  5,400,000円
水道光熱費                                =  3,200,000円
修繕費(経常修繕費)                       =  2,100,000円
PMフィー(EGIの3%)                       =  2,278,679円
テナント募集費用                           =    900,000円
公租公課                                  =  9,200,000円
損害保険料                                =    550,000円
その他費用                                =    200,000円
─────────────────────
運営費用合計                               = 23,828,679円

NOI = 75,955,968 − 23,828,679          = 52,127,289円

第4段階: NCFの算定

NOI                                      = 52,127,289円

<調整項目>
△資本的支出(年間平準化額)                = △2,800,000円
+一時金の運用益                          =    554,688円
 (敷金: 5,400,000円/月 x 6ヶ月 x 96% = 31,104,000円)
 (31,104,000円 x 1.5% + 端数調整)
─────────────────────
NCF = 52,127,289 − 2,800,000 + 554,688 = 49,881,977円

収益価格の算定

【直接還元法(NOIベース)】
収益価格 = NOI ÷ 還元利回り
         = 52,127,289 ÷ 4.2%
         = 約1,241,126,000円(約12.4億円)

【参考: NCFベース】
収益価格 = NCF ÷ NCF利回り
         = 49,881,977 ÷ 4.0%
         = 約1,247,049,000円(約12.5億円)

両者は概ね同水準の収益価格となります。NOI利回りとNCF利回りの差は資本的支出の控除分に対応しています。


算定フローの図解

全体フローチャート

┌─────────────────────────────┐
│     潜在総収益(PGI)              │
│  貸室賃料+共益費+駐車場+その他    │
└───────────┬─────────────────┘
            │ △空室等損失
            │ △貸倒れ損失
┌───────────┴─────────────────┐
│     実効総収益(EGI)              │
└───────────┬─────────────────┘
            │ △維持管理費
            │ △水道光熱費
            │ △修繕費
            │ △PMフィー
            │ △テナント募集費用
            │ △公租公課
            │ △損害保険料
┌───────────┴─────────────────┐
│     NOI(運営純収益)              │
│  → 直接還元法の純収益              │
└───────────┬─────────────────┘
            │ △資本的支出
            │ +一時金の運用益
┌───────────┴─────────────────┐
│     NCF(ネットキャッシュフロー)    │
│  → DCF法の純収益                  │
└─────────────────────────────┘

費用率と利回りの関係

費用率(OPR)とNOI利回りの関係

費用率(運営費用 / EGI)とNOI利回りには以下の関係があります。

NOI利回り = EGI利回り ×(1 − 費用率)

例えば、EGI利回りが6.5%で費用率が35%の場合、

NOI利回り = 6.5% ×(1 − 0.35)= 6.5% × 0.65 = 約4.2%

NOI利回りとNCF利回りの関係

NCF利回り ≒ NOI利回り − CapEx率

CapEx率(資本的支出の年間平準化額 / 収益価格)は物件により異なりますが、一般に0.2〜0.5%程度です。

償却前・後の純収益と利回り整合でも、純収益と利回りの整合性について詳しく解説しています。


証券化対象不動産の収支明細

証券化対象不動産の鑑定評価書では、上記の算定フローに従い、収支明細を以下のような形式で開示します。

【収支明細の標準的記載】
<運営収益>
 (1) 貸室賃料収入              64,800,000円
 (2) 共益費収入               10,800,000円
 (3) 駐車場収入                3,840,000円
 (4) その他収入                  480,000円
 (5) 空室等損失              △3,196,800円
 (6) 貸倒損失                  △767,232円
 運営収益合計                 75,955,968円

<運営費用>
 (7) 維持管理費                5,400,000円
 (8) 水道光熱費                3,200,000円
 (9) 修繕費                    2,100,000円
(10) PMフィー                  2,278,679円
(11) テナント募集費用等           900,000円
(12) 公租公課                  9,200,000円
(13) 損害保険料                  550,000円
(14) その他費用                  200,000円
 運営費用合計                 23,828,679円

 NOI (1)〜(14)              52,127,289円

(15) 一時金の運用益              554,688円
(16) 資本的支出              △2,800,000円

 NCF (1)〜(16)              49,881,977円

この収支明細は、投資家・レンダー・格付機関が不動産の収益構造を透明に理解するための基盤となり、鑑定評価の信頼性を担保する重要な開示資料です。


試験での出題ポイント

短答式試験

  • NOIの定義: 「NOI = EGI − 運営費用」の正誤判定。運営費用に資本的支出が含まれるかどうか(含まれない)
  • NCFの定義: 「NCF = NOI − 資本的支出」の関係式の正誤判定
  • 減価償却費の取扱い: NOIの算定においても、NCFの算定においても控除されない(キャッシュフロー指標であるため)
  • 直接還元法とDCF法の使い分け: 直接還元法はNOI、DCF法はNCFを純収益として使用する

論文式試験

  • 「収益還元法における純収益の算定フローを述べ、NOIとNCFの関係を論述せよ」
  • 算定フローの各段階(PGI → EGI → NOI → NCF)を正確に記述し、各段階の構成項目を漏れなく列挙できるかがポイント
  • 証券化対象不動産の収支明細の記載方法と関連づけた論述ができると高評価

暗記のポイント

  1. 4段階フロー: PGI → EGI → NOI → NCF
  2. EGI: PGI − 空室等損失 − 貸倒れ損失
  3. NOI: EGI − 運営費用(維持管理費、水道光熱費、修繕費、PMフィー、公租公課、損害保険料等)
  4. NCF: NOI − 資本的支出 + 一時金の運用益
  5. 使い分け: 直接還元法はNOI、DCF法はNCF
  6. 含めないもの: 減価償却費・借入金返済額・所得税法人税はNOIにもNCFにも含めない

まとめ

総費用と純収益の算定フローは、収益還元法の根幹をなす計算プロセスです。潜在総収益(PGI)から空室等損失・貸倒れ損失を控除して実効総収益(EGI)を求め、運営費用を控除してNOI(運営純収益)を算定し、さらに資本的支出を控除してNCF(ネットキャッシュフロー)を求めるという4段階のフローを正確に理解することが、収益価格の算定精度を担保します。直接還元法ではNOIを、DCF法ではNCFを純収益として用いるという使い分けの理論的根拠も含め、体系的に整理しておきましょう。純収益の概念総収益と純収益の関係もあわせて確認し、収益還元法の理解を確実なものにしてください。