修繕費と資本的支出の区分とは

DCF法において、修繕費資本的支出は運営費用および投資的支出として、収益価格に大きな影響を与える項目です。不動産鑑定士試験では、両者の区分基準と査定上の留意点が頻繁に問われます。

修繕費は建物の原状回復のための費用であり、資本的支出は建物の価値を高めるための支出です。この区分を正確に理解し、収益還元法の費用項目として適切に計上することが、鑑定評価の精度を決定づけます。

運営費用は、減価償却費及びローン返済額を含まないものとし、維持管理費、水道光熱費、修繕費、プロパティマネジメントフィー、テナント募集費用等、公租公課、損害保険料、その他の運営費用を加算して求めるものとする。

― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節


修繕費とは

定義と範囲

修繕費とは、建物の通常の維持管理に要する費用のうち、建物の機能や性能を現状の水準に維持・回復させるための支出をいいます。具体的には以下のような費用が該当します。

  • 日常修繕費: 設備の軽微な修理、部品交換、塗装の補修等
  • 計画修繕費: 定期的に実施する屋上防水、外壁補修、設備更新等

運営費用における位置づけ

修繕費は、収益還元法における運営費用の一項目として、毎年の純収益の計算時に控除されます。

純収益(NOI) = 有効総収益 − 運営費用
運営費用 = 維持管理費 + 修繕費 + 公租公課 + 損害保険料 + その他

修繕費の査定方法

修繕費の査定にあたっては、以下の情報を活用します。

情報源 内容
過去の修繕実績 対象不動産の過去3〜5年の修繕費支出額
類似不動産の修繕費 同種・同規模の建物の修繕費水準
エンジニアリングレポート 建物の劣化状況と今後の修繕必要額
長期修繕計画 マンション管理組合や管理会社の修繕計画書
建物の築年数・構造 築年数が古いほど修繕費は増加する傾向

資本的支出とは

定義と範囲

資本的支出とは、建物の価値を維持・向上させるための大規模な投資的支出をいいます。修繕費が「現状回復」であるのに対し、資本的支出は建物の耐用年数の延長や機能の向上を目的とする点で区別されます。

具体的には以下のような支出が該当します。

  • 大規模修繕工事: エレベーターの全面更新、空調設備の全面入替え
  • リノベーション工事: 間取り変更、共用部の大幅改装
  • 設備のグレードアップ: セキュリティ設備の導入、省エネ設備への更新
  • 増築・改築: 延床面積の増加、構造の変更

DCF法における位置づけ

資本的支出は、運営費用とは別に計上されます。DCF法のキャッシュフロー表では、純収益(NOI)から資本的支出を控除して、ネットキャッシュフロー(NCF)を求めます。

ネットキャッシュフロー(NCF) = NOI − 資本的支出

直接還元法においても、年平均の資本的支出相当額を運営純収益から控除する場合があります。


修繕費と資本的支出の区分基準

区分の基本的な考え方

修繕費と資本的支出の区分は、支出の目的と効果によって判断されます。

区分基準 修繕費 資本的支出
目的 現状の維持・回復 価値の向上・耐用年数の延長
効果 通常の機能を保持する 機能を向上させる・新たな価値を付加する
頻度 毎年又は短期的に発生 数年〜十数年に一度
金額 比較的少額 大規模な金額
計上方法 運営費用として毎期控除 投資的支出として別途計上

実務上の判断が難しいケース

実務においては、修繕費と資本的支出の境界が曖昧なケースも少なくありません。

  • 外壁の塗替え: 原状回復であれば修繕費、高性能塗料への変更なら資本的支出
  • 空調設備の交換: 同等品への更新は修繕費、省エネ型へのグレードアップは資本的支出
  • 屋上防水工事: 通常の防水更新は修繕費、防水性能の大幅な向上は資本的支出

判断のポイントは、当該支出が建物の価値を従前の水準に戻すだけなのか、それとも従前以上に高めるのかという点にあります。


DCF法における費用項目の全体像

運営費用の主要項目

DCF法で控除する運営費用の主要項目は以下のとおりです。

費用項目 内容
維持管理費 建物管理、清掃、警備等に要する費用
水道光熱費 共用部分の電気、水道、ガス等の費用
修繕費 建物・設備の日常的な修繕に要する費用
PMフィー プロパティマネジメント業務の報酬
テナント募集費用 仲介手数料、広告費等
公租公課 固定資産税・都市計画税
損害保険料 火災保険、地震保険等
その他 管理組合費、町会費等

運営費用に含めないもの

基準では、以下の項目は運営費用に含めないとされています。

  • 減価償却費: 会計上の費用であり、キャッシュフローには影響しない
  • ローン返済額: 資金調達に関する項目であり、不動産の収益力とは別に考える
  • 所得税等: 投資家固有の税負担であり、不動産固有のキャッシュフローとは区別する

資本的支出の査定方法

エンジニアリングレポートの活用

資本的支出の査定にあたっては、エンジニアリングレポート(ER)が重要な情報源となります。ERには建物の劣化診断結果と、今後の修繕・更新に要する費用の見積りが記載されています。

長期修繕計画に基づく査定

長期修繕計画がある場合、各年度の計画修繕費と資本的支出を一覧表から読み取ることができます。DCF法では、計画に基づいて各年度に発生する資本的支出を個別に計上します。

年平均額による査定

長期修繕計画がない場合や直接還元法を適用する場合には、建物のライフサイクル全体を通じた資本的支出の年平均額を計上する方法もあります。

【年平均額の算出例】
30年間の資本的支出合計    9,000万円
÷ 30年
= 年平均額               300万円/年

修繕費・資本的支出と建物の経年変化

築年数による費用増加

一般に、建物の築年数が経過するにつれて、修繕費・資本的支出はともに増加します。新築時は設備も新しく故障が少ないですが、築20年を超えると設備の更新時期を迎え、大規模な支出が必要になります。

直接還元法での留意点

直接還元法で一定の修繕費・資本的支出を計上する場合、建物の現在の築年数と将来の費用増加を考慮する必要があります。築浅物件と築古物件で同じ水準の修繕費を計上すると、築古物件の収益価格が過大になるおそれがあります。

DCF法での留意点

DCF法では、各年度の修繕費・資本的支出を個別に設定できるため、建物の経年劣化に伴う費用増加をより精緻に反映できます。ただし、分析期間終了後の復帰価格の算定においても、将来の修繕費・資本的支出の水準を踏まえた還元利回りの設定が求められます。


証券化対象不動産における取扱い

証券化対象不動産の鑑定評価では、修繕費と資本的支出の査定について特に厳格な対応が求められます。

ERの活用義務

証券化対象不動産の鑑定評価においては、エンジニアリングレポートを活用して建物の状態を的確に把握し、修繕費・資本的支出の見積りの合理性を確認することとされています。

更新費用の詳細な計上

証券化対象不動産では、以下の費用を詳細に査定することが求められます。

  • 短期修繕費: 緊急に対応が必要な修繕
  • 中長期修繕費: 計画的に実施する修繕
  • 資本的支出: 大規模修繕、設備更新
  • CAPEXリザーブ: 将来の資本的支出に備えた積立金

試験での出題ポイント

短答式試験

  • 修繕費と資本的支出の区分: 「現状回復は修繕費、価値向上は資本的支出」という基本原則の正誤判定
  • 運営費用に含まれるもの・含まれないもの: 減価償却費やローン返済額は含まない点が頻出
  • DCF法の費用項目: 運営費用の列挙と資本的支出の計上方法

論文式試験

  • DCF法の適用手順を論述する問題: 費用項目の査定方法を正確に記述する
  • 修繕費と資本的支出の区分の考え方と実務上の判断基準を問う問題
  • エンジニアリングレポートの活用と建物の状態把握に関する論述

暗記のポイント

  1. 運営費用の項目: 維持管理費、水道光熱費、修繕費、PMフィー、テナント募集費用、公租公課、損害保険料
  2. 運営費用に含まないもの: 減価償却費、ローン返済額
  3. 修繕費は運営費用資本的支出はNCF計算時に別途控除
  4. 修繕費は「現状回復」、資本的支出は「価値向上・耐用年数延長」
  5. 証券化対象不動産ではERの活用が求められる

まとめ

修繕費と資本的支出の区分は、DCF法における費用査定の核心部分です。修繕費は日常的な原状回復のための費用として運営費用に計上し、資本的支出は建物の価値向上のための投資的支出として別途控除します。試験では、運営費用の項目の列挙と、修繕費・資本的支出の区分基準が繰り返し出題されるため、基準の記載内容を正確に暗記しておくことが重要です。収益還元法全体の理解を深めるために、空室率の査定や還元利回りの考え方とあわせて整理しておきましょう。