依頼者への説明責任|鑑定士の義務と倫理
依頼者への説明責任とは
不動産鑑定士には、鑑定評価を行った結果について依頼者に対して十分な説明を行う義務があります。鑑定評価は高度な専門知識に基づく作業であり、依頼者が報告書の内容を正しく理解できるよう、わかりやすく丁寧に説明することが求められます。
基準では、依頼者への説明について次のように定めています。
不動産鑑定士は、鑑定評価報告書の交付に当たっては、依頼者に対し、鑑定評価報告書の内容について適切な説明を行わなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第9章第3節
説明責任は鑑定評価報告書の作成と一体の義務です。本記事では、説明責任の具体的内容と、鑑定士に求められる職業倫理について解説します。
説明責任の意義
なぜ説明責任が求められるのか
鑑定評価報告書は、専門用語や複雑な計算過程を含む技術的な文書です。依頼者の多くは不動産鑑定の専門家ではないため、報告書をそのまま渡しただけでは内容を十分に理解できないことが少なくありません。
説明責任が必要な理由は、主に以下の3点です。
- 依頼者の意思決定への貢献 — 鑑定評価の結果は、依頼者の売買・投資・融資等の意思決定に用いられる。正しい理解に基づかない意思決定は危険
- 鑑定評価の前提の明確化 — 鑑定評価には条件設定がなされることがあり、その条件を理解しないまま評価額だけを利用することは不適切
- 信頼関係の構築 — 鑑定士と依頼者との信頼関係は、鑑定評価の社会的な信用の基盤となる
説明責任と報告書の関係
説明責任は、鑑定評価報告書の交付と一体のものとして位置づけられています。報告書を作成して交付するだけでは義務を果たしたことにはならず、その内容について適切な説明を行ってはじめて義務が完結します。
説明すべき事項
基本的事項の説明
まず、鑑定評価の前提条件について説明します。
| 説明事項 | 説明のポイント |
|---|---|
| 対象不動産 | 何を評価したのか、物的な範囲と権利の態様 |
| 価格時点 | いつの時点の価格を求めたのか |
| 鑑定評価の条件 | どのような条件を設定したのか、条件が変われば評価額も変わること |
| 価格の種類 | 正常価格か限定価格か等、求めた価格の種類とその意味 |
特に鑑定評価の条件については、依頼者が十分に理解していないケースが多いため、丁寧な説明が必要です。例えば、対象確定条件として「更地としての評価」を行った場合、現況の建物が存在していても評価額には建物の価値が含まれていないことを明確に伝える必要があります。
評価過程の説明
鑑定評価額がどのような過程を経て導かれたかを説明します。
| 説明事項 | 内容 |
|---|---|
| 価格形成要因の分析結果 | 対象不動産の価格にどのような要因が影響しているか |
| 最有効使用の判定 | なぜその使用方法が最有効と判定したのか |
| 適用した手法 | どの手法を適用し、各手法の試算価格がいくらか |
| 試算価格の調整 | なぜ特定の試算価格を重視したのか |
| 鑑定評価額の決定理由 | 最終的な評価額をどのような根拠で決定したのか |
評価額の意味と限界
鑑定評価額の意味と、その限界についても説明が重要です。
- 鑑定評価額は価格時点における適正な価格の意見であり、将来の価格を保証するものではない
- 条件が変われば評価額も変わる可能性がある
- 鑑定評価額は依頼目的の範囲内で利用すべきもの
- 複数の鑑定士が評価しても、完全に同じ金額にはならないことがある
特別な説明が必要な場合
以下の場合は、通常よりも詳細な説明が必要です。
| 場面 | 説明の要点 |
|---|---|
| 想定上の条件を設定した場合 | 条件の内容、合理性、条件が実現しない場合のリスク |
| 試算価格間に大きな乖離がある場合 | 乖離の原因、特定の試算価格を重視した理由 |
| 市場環境が急変している場合 | 価格時点以降の市場変化が評価額に反映されていないこと |
| 確認が困難な事項があった場合 | 確認できなかった事項と評価への影響 |
鑑定士の職業倫理
倫理規定の体系
不動産鑑定士には、法令上の義務に加えて、職業倫理に基づく高い行動規範が求められます。
| 倫理の原則 | 内容 |
|---|---|
| 独立性 | 依頼者やその他の利害関係者からの不当な圧力を排除し、独立した立場で判断する |
| 公正性 | 特定の当事者に有利・不利な鑑定評価を行わない |
| 誠実性 | 事実に基づき、誠実に鑑定評価を行う |
| 秘密保持 | 業務上知り得た情報を正当な理由なく漏洩しない |
| 能力の維持 | 継続的な研修等により、専門的能力を維持・向上させる |
独立性の保持
鑑定士にとって最も重要な倫理原則の一つが独立性の保持です。
鑑定評価は、依頼者の意向に左右されることなく、客観的かつ公正な判断に基づいて行われなければなりません。例えば、以下のような行為は独立性に反します。
- 依頼者が希望する金額に合わせて評価額を決定すること
- 特定の結論を導くために資料の取捨選択を恣意的に行うこと
- 利害関係のある不動産の評価において、利害関係を開示しないこと
秘密保持義務
鑑定士は、鑑定評価の過程で知り得た依頼者や対象不動産に関する情報について秘密保持義務を負います。この義務は、依頼が終了した後も継続します。
ただし、以下の場合は例外として情報の開示が認められます。
- 法令に基づく場合(裁判所の命令等)
- 依頼者の同意がある場合
- 公益上の必要がある場合
説明責任と紛争防止
説明不足による紛争のリスク
説明責任が適切に果たされない場合、以下のような紛争が生じるリスクがあります。
| 紛争の類型 | 原因 |
|---|---|
| 評価額への不満 | 依頼者が評価額の根拠を理解していない |
| 条件の誤解 | 想定上の条件が設定されていることを知らなかった |
| 利用目的外の使用 | 報告書を依頼目的以外に使用し問題が発生 |
| 時点の誤解 | 価格時点以降の市場変動を考慮していないことを知らなかった |
紛争防止のための対策
| 対策 | 具体的方法 |
|---|---|
| 事前の説明 | 鑑定評価の流れ・条件設定について依頼受付時に説明 |
| 中間報告 | 評価過程の途中で依頼者に中間的な報告を行う |
| 書面による確認 | 条件設定や評価の前提について書面で確認を得る |
| 交付時の口頭説明 | 報告書の交付時に主要なポイントを口頭で説明 |
説明責任と鑑定評価の社会的役割
社会的な期待
不動産の鑑定評価は、単に依頼者個人の利益のためだけに行われるものではありません。鑑定評価額は、不動産取引の適正化や市場の透明性確保に寄与するものです。
不動産の鑑定評価は、その対象である不動産の経済価値を判定し、これを貨幣額をもつて表示することである。
― 不動産の鑑定評価に関する法律 第2条第1項
説明責任を通じた信頼の構築
鑑定評価制度の社会的な信頼は、個々の鑑定士が説明責任を適切に果たすことの積み重ねによって維持されます。依頼者が鑑定評価の内容を正しく理解し、適切に利用することが、鑑定評価制度全体の信頼性向上につながります。
試験での出題ポイント
短答式試験
- 鑑定士には依頼者への説明義務があること
- 説明は報告書の交付に当たって行うこと(基準の文言)
- 鑑定士の職業倫理の原則(独立性・公正性・誠実性・秘密保持・能力維持)
- 秘密保持義務の内容と例外
- 鑑定評価額は価格の意見であり、保証ではないこと
論文式試験
- 依頼者への説明責任の意義と具体的内容の論述
- 鑑定士の職業倫理について体系的に論述する問題
- 独立性の保持が求められる場面と、独立性に反する行為の具体例
- 鑑定評価の社会的役割と鑑定士の責任の関係
暗記のポイント
- 説明は報告書の交付に当たって行う義務
- 説明すべき事項は「基本的事項」「評価過程」「評価額の意味と限界」
- 職業倫理の5原則: 独立性・公正性・誠実性・秘密保持・能力維持
- 鑑定評価額は適正な価格の意見であり、将来の保証ではない
- 秘密保持義務は依頼終了後も継続
まとめ
依頼者への説明責任は、鑑定評価報告書の作成と一体の義務であり、評価の結論だけでなく、前提条件・評価過程・評価額の意味と限界まで、依頼者が理解できるよう説明することが求められます。あわせて、独立性・公正性等の職業倫理を遵守することが、鑑定評価の信頼性の根幹を支えています。
試験では、説明責任の意義と具体的内容、職業倫理の原則を正確に記述できることが求められます。
鑑定評価報告書の記載事項の詳細は鑑定評価報告書の記載事項を、報告書の留意事項については鑑定評価報告書の留意事項と責任を参照してください。