空室率と賃料予測|収益価格への影響
空室率と賃料予測の重要性
空室率と賃料予測は、収益還元法における総収益の査定において最も重要な要素です。不動産鑑定士試験では、空室等損失の計上方法やDCF法における将来賃料の予測手順が繰り返し問われています。
空室率が1%変動するだけで収益価格は大きく変わり得るため、市場分析に基づく合理的な査定が求められます。本記事では、基準・留意事項の記載を踏まえて、空室率と賃料予測の実務的な考え方と試験対策のポイントを解説します。
総収益は、一般に、対象不動産の確実と認められる適正な収入に基づいて求めるものとする。
― 不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節
空室等損失とは何か
空室等損失の定義
空室等損失とは、賃貸不動産において入居者がいないために発生する収入の減少分をいいます。「等」には、空室だけでなく貸倒れ損失(テナントの賃料未払い)も含まれます。
収益還元法で総収益を査定する際、満室想定の賃料収入(潜在総収益)からこの空室等損失を控除して、運営収益(有効総収益)を求めます。
直接還元法における取扱い
直接還元法では、対象不動産の標準的な空室率を査定し、安定的に得られる賃料収入を前提とします。ここでの空室率は、短期的な変動ではなく、中長期的に安定した水準を用います。
DCF法における取扱い
DCF法では、分析期間中の各年度について空室率を個別に予測します。たとえば、現時点で空室が多い物件であっても、リーシング活動の進捗に応じて年度ごとに空室率を変化させることが可能です。
【空室等損失の計算例】
潜在総収益(満室想定) 12,000万円/年
× 空室率 5%
= 空室等損失 600万円/年
有効総収益 = 12,000万円 − 600万円 = 11,400万円/年
空室率の査定方法
対象不動産の実態把握
空室率の査定にあたっては、まず対象不動産の現況を確認します。
- 現在の空室率: テナント一覧、レントロールの分析
- 過去の空室率推移: 直近3〜5年間の推移から傾向を把握
- 空室の発生理由: 賃料水準、建物の老朽化、立地条件等
市場空室率との比較
対象不動産の空室率は、同一需給圏内の類似不動産の空室率(市場空室率)と比較して妥当性を検証します。市場空室率の情報源としては以下が挙げられます。
| 情報源 | 内容 |
|---|---|
| 不動産情報会社のレポート | オフィス・住宅の空室率統計 |
| 賃貸事例調査 | 類似物件の稼働状況の直接調査 |
| 公的統計 | 住宅・土地統計調査等 |
| 管理会社へのヒアリング | エリアの需給動向の聞き取り |
査定上の留意点
空室率の査定にあたっては、以下の点に注意が必要です。
- 安定空室率と現況空室率の区別: 直接還元法では中長期的に安定した空室率を、DCF法では各期の予測値を用いる
- テナント入替え期間の考慮: 退去から新規入居までのダウンタイムを反映する
- 季節変動: 住宅では3〜4月の異動シーズンに入退去が集中する
- 用途別の特性: オフィスは景気変動の影響を受けやすく、住宅は比較的安定する傾向がある
賃料予測の基本的な考え方
現行賃料と市場賃料の関係
賃料予測においては、まず現行賃料と市場賃料(新規賃料)の水準を比較します。
- 現行賃料 < 市場賃料: 賃料増額の余地がある(アップサイドポテンシャル)
- 現行賃料 > 市場賃料: 契約更新時に賃料減額のリスクがある(ダウンサイドリスク)
- 現行賃料 ≒ 市場賃料: 当面は安定的に推移すると予測
市場賃料の査定
市場賃料の査定には、以下の情報を活用します。
- 類似物件の成約賃料: 直近の賃貸借契約事例
- 募集賃料: 現在の市場で提示されている賃料水準
- 賃料指数: 地域ごとの賃料トレンド
- 需給バランス: 新規供給計画と需要動向の分析
DCF法における将来賃料の予測
DCF法では、分析期間中の賃料変動を予測する必要があります。将来賃料の予測にあたっては、以下の手順が一般的です。
- 現行の契約条件を確認する(契約賃料、契約期間、更新条件)
- 契約期間中は現行賃料が継続する前提を置く
- 契約更新時に市場賃料水準に近づくと予測する
- 市場賃料の変動率を設定する(横ばい、上昇、下落の各シナリオ)
賃料変動率の設定
変動率の根拠
賃料変動率の設定には、客観的な根拠が求められます。鑑定評価においては、過去のトレンドの単純な延長ではなく、将来の市場動向を合理的に予測することが重要です。
| 根拠となる情報 | 内容 |
|---|---|
| 過去の賃料推移 | 対象不動産および類似物件の賃料変動実績 |
| 経済成長率予測 | GDP成長率、地域経済の見通し |
| 人口動態 | 人口増減、世帯数の変化 |
| 新規供給計画 | 周辺の開発案件、竣工予定の競合物件 |
| 都市計画の変更 | 用途地域の変更、インフラ整備計画 |
変動率の設定パターン
実務では、以下のようなパターンが用いられることが多いです。
- 横ばい(0%): 成熟した市場で大きな変化が見込めない場合
- 緩やかな上昇(1〜2%/年): 需要増加や供給制約が見込まれる場合
- 緩やかな下落(▲1〜2%/年): 供給過剰や需要減少が予測される場合
- 段階的変化: 前半は下落→後半は回復、といったシナリオ
直接還元法との整合性
直接還元法で用いる還元利回りには、将来の賃料変動の期待が織り込まれています。そのため、直接還元法による収益価格とDCF法による収益価格の間に大きな乖離が生じないよう、賃料変動率と還元利回りの整合性を確認する必要があります。
空室率と賃料の相互関係
需給バランスによる連動
空室率と賃料は、需給バランスを通じて密接に連動しています。
- 空室率上昇 → 賃料下落圧力: 空室が増えると貸主間の競争が激化し、フリーレントや賃料引下げが発生
- 空室率低下 → 賃料上昇圧力: 空室が減少すると貸主の交渉力が強まり、賃料改定時に増額が可能に
この関係を自然空室率の概念で説明することができます。自然空室率とは、賃料が安定的に推移する均衡状態の空室率のことです。
自然空室率を下回る場合
市場の空室率が自然空室率を下回ると、需要超過の状態となり賃料は上昇傾向を示します。ただし、賃料上昇が続くと新規供給が誘発され、やがて空室率は自然空室率に回帰します。
自然空室率を上回る場合
逆に、市場の空室率が自然空室率を上回ると、供給超過の状態となり賃料は下落傾向を示します。賃料下落により新規供給が抑制され、既存ストックの淘汰が進むことで、空室率は徐々に自然空室率に回帰します。
証券化対象不動産における留意点
証券化対象不動産の鑑定評価では、空室率と賃料予測についてより精緻な査定が求められます。
エンジニアリングレポートとの関連
空室率の予測にあたっては、対象不動産の建物状態に関する情報も重要です。建物の老朽化が進んでいる場合、テナント離れのリスクが高まり、空室率の上昇要因となります。
レントロール分析の重要性
証券化対象不動産では、テナントごとの契約条件を詳細に分析するレントロール分析が不可欠です。
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 契約賃料と市場賃料の乖離 | オーバーレント/アンダーレントの状況 |
| 契約残存期間 | 各テナントの契約満了時期 |
| テナント集中リスク | 大口テナントの割合 |
| 賃料改定条項 | 契約上の賃料改定ルール |
シナリオ分析
DCF法の適用において、複数のシナリオを設定して感度分析を行うことが推奨されます。たとえば、空室率を「楽観(3%)・標準(5%)・悲観(8%)」の3パターンで設定し、収益価格への影響を確認します。
試験での出題ポイント
短答式試験
- 空室等損失の定義: 空室による収入減少だけでなく、貸倒れ損失も含む点が問われる
- 直接還元法とDCF法の違い: 直接還元法は安定空室率、DCF法は各期の予測値を用いる
- 賃料変動率の根拠: 過去のトレンドの単純延長ではなく、合理的な予測が必要
論文式試験
- 総収益の査定手順を論述する問題: 潜在総収益から空室等損失を控除して有効総収益を求めるプロセスを正確に記述
- 市場賃料と現行賃料の乖離が収益価格に与える影響: オーバーレント/アンダーレントの分析手法
- 証券化対象不動産における賃料予測の留意点: レントロール分析やシナリオ分析の重要性
暗記のポイント
- 潜在総収益 − 空室等損失 = 有効総収益の算式
- 空室等損失には空室損と貸倒れ損の両方が含まれる
- 直接還元法は安定空室率、DCF法は各期の予測空室率を使う
- 賃料変動率は経済成長率・人口動態・供給計画等から設定する
- 空室率と賃料は自然空室率を均衡点として連動する
まとめ
空室率と賃料予測は、収益還元法における総収益の査定の核心部分です。直接還元法では安定的な空室率を前提とし、DCF法では各期の変動を反映させるという違いを正確に理解しておくことが重要です。試験では、空室等損失の範囲や賃料変動率の設定根拠が問われるため、基準の記載内容と実務的な考え方の両面から整理しておきましょう。