契約賃料と経済賃料とは

不動産鑑定士試験における賃料評価の分野では、契約賃料経済賃料という2つの概念を正確に区別できることが基礎中の基礎です。賃料の鑑定評価、とりわけ継続賃料の評価を理解するためには、両者の定義と相互関係を確実に把握しておく必要があります。

不動産鑑定士の実務では、テナントやビルオーナーから「今の賃料は適正なのか」と問われる場面が頻繁にあります。この問いに答えるうえで、「今の賃料」が契約賃料であり、「適正な賃料」が経済賃料であるという基本構造を理解しておくことが不可欠です。本記事では、両者の定義から乖離のメカニズム、そして継続賃料評価との関係までを体系的に整理します。


契約賃料の定義と特徴

契約賃料とは

契約賃料とは、既存の賃貸借契約に基づいて現に支払われている(または支払うべき)賃料をいいます。「現行賃料」「約定賃料」とも呼ばれ、契約締結時または直近の賃料改定時に当事者間の合意によって確定した賃料です。

契約賃料には以下の特徴があります。

特徴 内容
当事者間の合意 賃貸人と賃借人の協議で決定され、契約書に記載される
法的拘束力 契約期間中は原則として当事者を拘束する
固定性 市場環境が変化しても自動的には変更されない
改定の制約 借地借家法の手続きを経なければ一方的な変更はできない

契約賃料が確定する場面

契約賃料が確定するのは、以下の2つの時点です。

  1. 新規契約締結時: 賃貸人と賃借人が新たに賃貸借契約を締結する際に合意する賃料
  2. 賃料改定時: 既存の契約における賃料を見直し、新たな賃料水準で合意した時点

一度確定した契約賃料は、次の改定が行われるまで原則として変動しないという性質を持ちます。この性質が、後述する経済賃料との乖離を生む根本的な原因となります。


経済賃料の定義と特徴

経済賃料とは

経済賃料とは、価格時点において対象不動産を新たに賃貸借に供する場合に成立するであろう適正な賃料水準をいいます。鑑定評価基準上の概念でいえば、正常賃料(新規賃料水準)に相当する概念です。

正常賃料とは、正常価格と同一の市場概念の下において新たな賃貸借等の契約において成立するであろう経済価値を表示する適正な賃料(新規賃料)をいう。

― 不動産鑑定評価基準 総論第5章第3節

経済賃料の特徴

特徴 内容
市場水準 現時点での市場の需給を反映した賃料水準
変動性 経済環境、需給バランスの変化に応じて常に変動する
客観性 特定の契約関係に拘束されない客観的な市場価値
評価手法 新規賃料の評価手法(積算法・賃貸事例比較法・収益分析法)で求める

経済賃料は、実務ではマーケットレントとも呼ばれます。REIT(不動産投資信託)の開示資料や不動産マーケットレポートに記載される「市場賃料」も、基本的にはこの経済賃料の概念に対応しています。

経済賃料の求め方

経済賃料は、新規賃料の評価手法を用いて求めます。

【積算法】
経済賃料 = 基礎価格 × 期待利回り + 必要諸経費等

【賃貸事例比較法】
経済賃料 = 賃貸事例の実質賃料 × 事情補正 × 時点修正
         × 地域要因の比較 × 個別的要因の比較

【収益分析法】
経済賃料 = 対象不動産に帰属する純収益 + 必要諸経費等

これら3手法により求められた試算賃料を総合的に判断して、経済賃料(正常賃料)が決定されます。


契約賃料と経済賃料の関係

新規契約時の関係

新たに賃貸借契約が締結される時点では、通常、契約賃料と経済賃料はほぼ一致しています。これは、新規契約における賃料は市場の需給を反映して決定されるため、結果的に経済賃料の水準に近い金額で合意されるからです。

【新規契約締結時点】
契約賃料 ≒ 経済賃料 → 乖離はほぼゼロ

時間経過による乖離の発生

しかし、契約締結後に時間が経過すると、市場環境が変化するのに対し、契約賃料は契約の拘束力によって据え置かれます。その結果、両者の間に乖離が生じます。

【時間経過のイメージ】

時点t0(契約締結時): 契約賃料100 ≒ 経済賃料100
時点t1(3年後):      契約賃料100   経済賃料110 → 乖離10
時点t2(6年後):      契約賃料100   経済賃料125 → 乖離25

この乖離こそが、継続賃料の鑑定評価が必要となる根本的な理由です。

アンダーレントとオーバーレント

契約賃料と経済賃料の乖離には、2つの方向があります。

状態 関係 意味 インセンティブ
アンダーレント 契約賃料 < 経済賃料 契約賃料が割安 賃貸人に増額改定の動機
オーバーレント 契約賃料 > 経済賃料 契約賃料が割高 賃借人に減額改定の動機

アンダーレントは地価・賃料の上昇局面や長期間の賃料据置で発生しやすく、オーバーレントは地価・賃料の下落局面やバブル期の契約が残存している場合に発生しやすい傾向があります。


乖離が生じるメカニズム

賃料の遅行性(スティッキネス)

契約賃料と経済賃料の乖離は、賃料の遅行性(スティッキネス)と呼ばれる不動産市場の構造的特性に起因します。賃料の遅行性とは、不動産の賃料水準が経済環境や市場の変動に対して即座に追随せず、一定のタイムラグをもって変動する性質をいいます。

遅行性を生む要因

要因 内容
契約の拘束力 賃貸借契約は一定期間の継続が前提であり、期間中は契約条件が維持される
改定の合意形成コスト 賃料改定には当事者間の交渉が必要であり、時間とコストがかかる
借地借家法の保護 普通借家・普通借地では更新拒絶に正当事由が必要で、賃貸人からの契約終了が制限される
テナント入替えコスト 既存テナントの退去・新規募集にはダウンタイムや仲介手数料等が発生する
情報の非対称性 市場賃料の変動情報が当事者双方に十分に行き渡らないことがある

これらの要因が複合的に作用することで、契約賃料は市場の変動から切り離されて固定化し、経済賃料との乖離が時間とともに蓄積されていきます。

不動産価格と賃料の変動の非対称性

注意すべきは、不動産の価格(元本)の変動速度と賃料(果実)の変動速度は異なるという点です。

【変動速度の序列】
不動産価格の変動(速い)> 経済賃料の変動(やや遅い)> 契約賃料の変動(遅い)

不動産価格が急激に上昇する局面でも、経済賃料はそれほど急には上昇しません。さらに契約賃料の変動はもっと遅れます。この二重の遅行構造を理解しておくことは、賃料評価全般において重要です。


継続賃料評価との関係

差額賃料という概念

経済賃料と契約賃料の差額は差額賃料と呼ばれ、差額配分法の核心をなす概念です。

差額賃料 = 経済賃料 − 契約賃料

差額賃料がプラスであればアンダーレント、マイナスであればオーバーレントを意味します。

継続賃料の4手法と乖離の処理

継続賃料の鑑定評価では、4つの手法がそれぞれ異なるアプローチで契約賃料と経済賃料の乖離を処理します。

手法 乖離の処理方法 処理の性質
差額配分法 差額賃料を直接算定し、配分率で按分する 直接的
利回り法 基礎価格の変動を通じて間接的に反映する 間接的
スライド法 経済指標の変動率を適用して反映する 間接的
賃貸事例比較法 賃料改定事例の実態を通じて反映する 直接的

継続賃料の位置づけ

継続賃料は、純粋な市場賃料(経済賃料)でもなく、従前の契約賃料そのままでもなく、両者の間で契約の経緯や当事者間の事情を考慮して決定される独自の価値概念です。

【典型的な序列(アンダーレントの場合)】

契約賃料 < 継続賃料 < 経済賃料

→ 継続賃料は、経済賃料への完全な一致ではなく、
  段階的な是正を反映した中間的な水準に落ち着く

この「完全には是正されない」という特性が、継続賃料固有の価格形成要因の本質を表しています。継続賃料評価を正しく理解するためには、まず契約賃料と経済賃料の違いを明確に押さえておくことが出発点となります。


具体例による整理

ケーススタディ

以下の条件で、契約賃料と経済賃料の乖離と継続賃料の関係を示します。

【前提条件】
対象不動産: 東京都渋谷区 店舗ビル 100m²
契約締結時点: 2020年4月
直近合意時の支払賃料: 月額800,000円(8,000円/m²)
価格時点: 2026年3月

【経済賃料の査定結果】
賃貸事例比較法等により求めた正常賃料(新規賃料水準)
= 月額1,050,000円(10,500円/m²)

【乖離の分析】
差額賃料 = 1,050,000円 − 800,000円 = 250,000円/月
乖離率 = 250,000 ÷ 1,050,000 ≒ 23.8%

→ 契約賃料が経済賃料を約24%下回るアンダーレントの状態

差額配分法による継続賃料の試算

配分率(賃貸人帰属分): 1/2と査定

継続賃料 = 契約賃料 + 差額賃料 × 配分率
        = 800,000 + 250,000 × 1/2
        = 925,000円/月

→ 契約賃料800,000円 < 継続賃料925,000円 < 経済賃料1,050,000円

この例のように、差額賃料の全額が改定に反映されるわけではなく、配分率に応じた部分のみが是正されることが継続賃料評価の特徴です。1回の改定では乖離が完全に解消されず、複数回の改定を通じて段階的に是正されていくのが一般的です。


試験での出題ポイント

短答式試験

  • 契約賃料と経済賃料の定義の正誤判定
  • アンダーレントオーバーレントの意味に関する正誤判定
  • 経済賃料が正常賃料に相当する概念であることの理解
  • 賃料の遅行性(スティッキネス)の概念に関する出題
  • 差額賃料の算定式(差額賃料 = 経済賃料 − 契約賃料)の正確な理解

論文式試験

  • 契約賃料と経済賃料の乖離が生じるメカニズムを賃料の遅行性を用いて論述する出題
  • 継続賃料の4手法が乖離をどのように処理するかを対比的に論述する出題
  • 差額配分法における配分率の設定根拠を論述させる出題
  • 賃料改定における是正プロセスの段階性を説明する出題

暗記のポイント

  1. 契約賃料の定義: 既存の賃貸借契約に基づいて現に支払われている(支払うべき)賃料
  2. 経済賃料の定義: 価格時点において新たに賃貸借に供する場合に成立するであろう適正な賃料水準(正常賃料に相当)
  3. 差額賃料: 経済賃料と契約賃料の差額。プラスならアンダーレント、マイナスならオーバーレント
  4. 賃料の遅行性の要因: 契約の拘束力、改定の合意形成コスト、借地借家法の保護、テナント入替えコスト、情報の非対称性
  5. 継続賃料の位置づけ: 契約賃料と経済賃料の間で契約の経緯等を考慮して決定される独自の価値概念
  6. 4手法の乖離処理: 差額配分法(直接的)、利回り法(間接的・基礎価格経由)、スライド法(間接的・指標経由)、賃貸事例比較法(直接的・改定実態)

まとめ

契約賃料は既存の賃貸借契約に基づく現行の賃料であり、経済賃料は価格時点における市場の需給を反映した適正な賃料水準(正常賃料)です。両者は新規契約時にはほぼ一致しますが、賃料の遅行性(スティッキネス)という不動産市場の構造的特性により、時間の経過とともに乖離が蓄積されていきます。この乖離の存在こそが継続賃料の鑑定評価が必要となる根本的な理由であり、差額配分法をはじめとする4手法はそれぞれ異なるアプローチでこの乖離を処理します。契約賃料と経済賃料の違いは賃料評価の出発点となる知識ですので、関連記事の契約賃料と経済賃料の乖離実質賃料と支払賃料の違いもあわせて学習し、賃料の基礎概念を体系的に整理しておくことをおすすめします。