鑑定評価の条件設定の実務的判断基準
鑑定評価の条件設定の意義
不動産鑑定士が鑑定評価を行う際には、評価の前提となる条件を明確に設定する必要があります。鑑定評価の条件設定は、鑑定評価基準の総論第5章に規定されており、鑑定評価の対象を確定し、評価の前提条件を明らかにするための重要なプロセスです。
条件設定は単なる形式的な手続きではなく、鑑定評価の結論に直接影響を与える実務判断です。同じ不動産であっても、設定される条件によって評価額が大きく異なる場合があるため、適切な条件設定は不動産鑑定士の専門的判断能力の核心部分といえます。
不動産の鑑定評価に当たっては、鑑定評価の基本的事項として、[中略] 対象確定条件を確定しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章
本記事では、条件設定の全体像と実務上の判断基準を解説します。
対象確定条件の概要
対象確定条件とは
対象確定条件とは、鑑定評価の対象となる不動産を確定するための条件です。不動産の鑑定評価は、対象不動産を明確にすることから始まります。
鑑定評価基準では、対象確定条件を以下の3つに分類しています。
鑑定評価の対象とする不動産の所在、数量等の物的事項及び所有権、賃借権等の対象不動産の権利の態様に関する事項を確定する必要がある。これを対象確定条件という。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章第1節
| 対象確定条件の分類 | 内容 | 確定すべき事項 |
|---|---|---|
| 地域要件 | 対象不動産の所在地域の確定 | 所在地、地番、近隣地域の範囲 |
| 物的確認 | 対象不動産の物理的な状態の確定 | 面積、形状、構造、設備等 |
| 権利の態様の確認 | 対象不動産に係る権利関係の確定 | 所有権、借地権、借家権等の権利の種別・内容 |
対象確定条件の重要性
対象確定条件が重要な理由は、不動産の特性である個別性と密接に関わるからです。不動産は、所在・面積・権利関係の一つが異なるだけで、その経済価値が大きく変わります。
例えば、同じ場所にある同じ面積の土地であっても、所有権として評価する場合と借地権として評価する場合では、評価額が大幅に異なります。このため、何を対象として評価するのかを明確にすることが不可欠です。
地域要件の確定
地域要件の意義
地域要件とは、対象不動産が所在する地域を確定することです。不動産の価格は、その不動産が存在する地域の特性に大きく左右されるため、対象不動産がどの地域に属するかを明確にすることは評価の出発点となります。
近隣地域の範囲の確定
対象不動産の近隣地域を確定するにあたっては、以下の要素を考慮します。
- 用途的な同質性: 近隣地域は、用途的に同質と認められる地域であること
- 地域要因の共通性: 近隣地域内の不動産が、同一の地域要因の影響を受けていること
- 行政的な境界: 用途地域の指定、地区計画の有無などの行政的区分
実務上の判断基準
実務上、地域要件の確定においては以下の点に留意します。
- 対象不動産の実際の用途と周辺環境の調査: 現地調査により、対象不動産が存在する地域の実態を把握する
- 行政情報の確認: 都市計画情報、用途地域、建蔽率・容積率などの法令上の制限を確認する
- 近隣地域の境界の判定: 用途や環境が異なる地域との境界を、道路・河川・鉄道等の地物を参考に判定する
物的確認の実務
物的確認の意義
物的確認とは、対象不動産の物理的な状態を確認し、確定することです。土地については面積・形状・地勢等を、建物については構造・面積・設備・経年数等を確認します。
対象不動産の物的確認に当たっては、土地についてはその所在、地番等及び数量等を、建物についてはその所在、家屋番号等及び構造、数量等を実地に確認するとともに、内覧の実施等により、物的状態を確認しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章第1節
土地の物的確認事項
土地の物的確認においては、以下の事項を確認します。
| 確認事項 | 具体的内容 | 確認方法 |
|---|---|---|
| 所在・地番 | 登記簿上の所在と地番 | 登記事項証明書 |
| 面積 | 登記面積と実測面積の一致確認 | 測量図、公図 |
| 形状 | 整形・不整形、間口・奥行の比率 | 現地調査、公図 |
| 地勢 | 高低差、傾斜の有無 | 現地調査 |
| 接道状況 | 道路の幅員、接道長さ | 現地調査、道路台帳 |
| 地質・地盤 | 地盤の強度、液状化リスク | 地盤調査報告書 |
| 土壌汚染 | 汚染の有無・程度 | 土壌調査報告書 |
建物の物的確認事項
建物については、以下の事項を確認します。
- 構造: 木造、鉄骨造、鉄筋コンクリート造等の構造種別
- 面積: 延床面積、各階床面積
- 築年数: 建築年月日、経年数
- 設備: 電気・ガス・水道・空調等の設備の状況
- 維持管理状態: 修繕履歴、劣化の程度
- 増改築の有無: 未登記の増築部分がないか
実査(現地調査)の重要性
物的確認は原則として実地に行わなければなりません。書面上の情報だけでは、不動産の実際の状態を正確に把握することは困難です。
実務上、以下の点に特に注意が必要です。
- 登記面積と実測面積の乖離: 古い地番の土地では、登記面積と実測面積に大きな差がある場合がある
- 未登記の建物・増築部分: 登記されていない建物や増改築部分が存在する場合がある
- 境界の確認: 隣地との境界が明確でない場合は、境界確定の状況を確認する必要がある
権利の態様の確認
権利の態様の意義
権利の態様の確認とは、対象不動産に係る権利関係を明確にすることです。同じ物理的な不動産であっても、評価する権利の種類によって経済価値は大きく異なります。
対象不動産の権利の態様の確認に当たっては、対象不動産に関する権利についてその種類と内容を確認するとともに、対象不動産の所有権、それ以外の権利及び権利についてのこれらに影響を与える法令上の規制について確認しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章第1節
確認すべき権利の種類
| 権利の種類 | 内容 | 評価への影響 |
|---|---|---|
| 所有権 | 不動産を全面的に支配する権利 | 最も広範な権利であり、基本となる |
| 借地権 | 建物所有を目的とする土地の賃借権・地上権 | 所有権価格の一定割合 |
| 底地権 | 借地権の設定された土地の所有権 | 借地権割合を控除した価格 |
| 借家権 | 建物の賃借権 | 建物及びその敷地価格の一定割合 |
| 区分所有権 | マンション等の区分所有建物の専有部分の所有権 | 専有面積・共用持分に基づく |
| 地役権 | 他人の土地を自己の便益に供する権利 | 承役地の価格を減価する要因となりうる |
複合不動産の権利関係
実務上、一つの不動産に複数の権利が重層的に設定されている場合があります。例えば、借地権の設定された土地の上に存する建物を賃貸している場合、以下の権利が同時に存在します。
- 土地所有権(底地)
- 借地権
- 建物所有権(借地権者が所有)
- 借家権(建物賃借人)
このような場合、どの権利を対象として評価するかによって、評価額は大きく異なります。対象確定条件として権利の態様を明確にすることの重要性は、この点に現れています。
鑑定評価の条件の分類
条件の体系
鑑定評価基準では、鑑定評価の条件を以下のように分類しています。
鑑定評価の条件とは、鑑定評価の対象とする不動産を確定し、鑑定評価を行うに当たって前提とする条件をいう。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章第1節
鑑定評価の条件には、大きく以下の3つの類型があります。
| 条件の種類 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 対象確定条件 | 鑑定評価の対象を確定する条件 | 所在、面積、権利の種類 |
| 地域要因又は個別的要因についての想定上の条件 | 現実と異なる条件を想定する場合 | 更地として評価、建付地として評価 |
| 調査範囲等条件 | 調査の範囲に制約がある場合 | 土壌汚染調査を行わない等 |
想定上の条件
想定上の条件とは、対象不動産の現実の状態とは異なる条件を設定して鑑定評価を行う場合の条件です。
地域要因又は個別的要因についての想定上の条件を設定する場合には、対象不動産に係る諸事項についての調査及び分析を十分行った上で、鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないかどうかの観点から当該条件設定の妥当性を確認しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章第1節
想定上の条件の典型例としては、以下のものがあります。
- 更地としての評価: 建物が存在する土地を、建物がないものとして評価する
- 建物完成後の評価: 建設中の建物について、完成後の状態を想定して評価する
- 土地区画整理事業完了後の評価: 区画整理事業の施行地区内の土地を、事業完了後の状態で評価する
想定上の条件設定の妥当性判断
想定上の条件を設定するにあたっては、以下の要件を満たす必要があります。
- 依頼目的に照らして合理的であること: 依頼者の評価目的を達成するために必要な条件であること
- 実現可能性があること: 想定する条件が現実に実現する可能性があること
- 利用者の利益を害しないこと: 条件設定が鑑定評価書の利用者の判断を誤らせないこと
例えば、建築基準法に違反する建物を適法な建物として評価する条件は、実現可能性がなく、利用者の利益を害するおそれがあるため、設定は不適切と判断されます。
調査範囲等条件
調査範囲等条件の意義
調査範囲等条件とは、鑑定評価を行うにあたって、調査の範囲に一定の制約を設ける場合の条件です。
調査範囲等条件を設定した場合には、当該条件が鑑定評価の結果に及ぼす影響の程度を勘案して、鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないかどうかの観点から当該条件設定の妥当性を確認しなければならない。
― 不動産鑑定評価基準 総論第5章第1節
調査範囲等条件の具体例
| 条件の例 | 設定する場面 | 留意点 |
|---|---|---|
| 土壌汚染調査を行わない | 調査費用・期間の制約 | 汚染のリスクが高い場合は設定不適切 |
| 建物の内覧を行わない | 物理的なアクセスの制約 | 建物の状態が不明となるリスクを明記 |
| 地下埋設物の調査を行わない | 調査費用の制約 | 埋設物の存在可能性を考慮 |
調査範囲等条件の設定における注意点
調査範囲等条件は、鑑定評価の信頼性に直接影響するため、安易に設定すべきではありません。
- 条件設定の合理的な理由が必要であること
- 条件設定により評価額に重大な影響を及ぼすおそれがある場合は設定を避けるべきこと
- 条件を設定した場合は、鑑定評価書にその旨と影響の程度を明確に記載すること
条件設定と依頼目的の関係
依頼目的に応じた条件設定
鑑定評価の条件は、依頼目的に応じて適切に設定する必要があります。依頼目的が異なれば、設定すべき条件も異なります。
| 依頼目的 | 典型的な条件設定 |
|---|---|
| 売買参考 | 現況有姿(現状の物的状態・権利関係)で評価 |
| 担保評価 | 金融機関の求めに応じた条件設定(更地評価等を含む場合あり) |
| 相続税申告 | 税法上の要件に即した条件設定 |
| 資産評価 | 会計基準に準拠した条件設定 |
| 用地買収 | 公共事業の補償基準に準拠した条件設定 |
依頼者との協議
条件設定にあたっては、依頼者と十分に協議することが重要です。鑑定評価基準では、鑑定評価の基本的事項の確定にあたって、依頼者との間で十分な確認・調整を行うことを求めています。
特に想定上の条件を設定する場合は、その条件が依頼者の目的に適合しているか、また条件設定が評価結果に与える影響について、依頼者に適切に説明する責務があります。
試験での出題ポイント
短答式試験
不動産鑑定士の短答式試験では、以下のような出題パターンがあります。
- 対象確定条件の分類: 「対象確定条件には、地域要件、物的確認、権利の態様の確認がある」→ 正しい
- 想定上の条件の要件: 「想定上の条件は、依頼者が求めれば無条件に設定できる」→ 誤り(妥当性の確認が必要)
- 調査範囲等条件: 「調査範囲等条件を設定した場合は、その影響の程度を勘案する必要がある」→ 正しい
- 物的確認の方法: 「物的確認は書面のみで行うことができる」→ 誤り(実地に確認が必要)
論文式試験
論文式試験では、以下のテーマが出題されます。
- 対象確定条件の意義と分類を述べよ
- 想定上の条件を設定する場合の要件と留意点を論ぜよ
- 条件設定の妥当性の判断基準について述べよ
暗記のポイント
- 対象確定条件の3分類: 地域要件・物的確認・権利の態様の確認を正確に覚える
- 鑑定評価の条件の3種類: 対象確定条件・想定上の条件・調査範囲等条件の区分を整理する
- 「利用者の利益を害するおそれがないか」: 条件設定の妥当性判断における重要キーワード
- 物的確認は「実地に」: 書面だけでなく現地調査が必要であることを押さえる
- 想定上の条件の3要件: 依頼目的との合理性・実現可能性・利用者の利益を害しないこと
まとめ
鑑定評価の条件設定は、評価の前提を明確にし、鑑定評価の結論に正当な根拠を与えるための重要なプロセスです。対象確定条件による対象の確定、想定上の条件による評価前提の設定、調査範囲等条件による調査範囲の明確化を通じて、鑑定評価の信頼性が担保されます。
試験対策としては、条件の分類と各条件設定の妥当性判断基準を正確に理解し、具体的な場面でどのような条件設定が適切かを判断できる力を養うことが重要です。鑑定評価の手順と合わせて、条件設定が評価プロセス全体の中でどのような位置づけにあるかを把握しておきましょう。