賃貸事例比較法の補修正とは

賃貸事例比較法は、新規賃料を求める鑑定評価手法の一つであり、多数の賃貸事例を収集して適切な事例を選択し、必要な補修正を行ったうえで比準賃料を求める方法です。補修正項目は価格版の取引事例比較法とほぼ同様ですが、賃貸借の契約内容の違いを反映する比較項目が加わる点が特徴です。不動産鑑定士試験では、価格版との異同が問われます。

賃貸事例比較法は、まず多数の新規の賃貸借等の事例を収集して適切な事例の選択を行い、これらに係る実際実質賃料に必要に応じて事情補正及び時点修正を行い、かつ、地域要因の比較及び個別的要因の比較を行って求められた賃料を比較考量し、これによって対象不動産の試算賃料を求める手法である。

― 不動産鑑定評価基準 各論第2章第1節


賃貸事例比較法の全体像

比準賃料の算定式

比準賃料 = 事例の実質賃料 × 事情補正 × 時点修正 × 地域要因の比較
           × 個別的要因の比較

価格版の取引事例比較法との比較

項目 取引事例比較法(価格) 賃貸事例比較法(賃料)
対象 取引価格 実質賃料
求めるもの 比準価格 比準賃料
事例 取引事例 賃貸事例
補修正 4段階(事情・時点・地域・個別) 4段階(同左)
契約条件 取引条件として考慮 賃貸借の契約条件として比較
賃料特有の要因 なし 賃貸借期間、一時金の有無等

実質賃料と支払賃料

実質賃料とは

賃貸事例比較法で用いる賃料は実質賃料です。実質賃料とは、支払賃料に一時金の運用益と償却額を加算したものをいいます。

実質賃料 = 支払賃料 + 一時金の運用益 + 一時金の償却額

新規賃料を求める場合の実質賃料とは、各賃料を実質的に比較するための概念であり、支払賃料に、権利金、敷金、保証金等の一時金の運用益及び償却額を加算したものをいう。

― 不動産鑑定評価基準 各論第2章第1節

実質賃料で比較する理由

賃貸借契約では、支払賃料の水準と一時金の有無・金額が物件によって異なります。例えば、支払賃料が低くても高額な保証金を預託する物件と、支払賃料が高くても保証金が少ない物件では、テナントの実質的な負担が異なります。この違いを統一的な基準で比較するために、実質賃料を用います。

計算例

【事例A】
支払賃料:      150,000円/月
保証金:        3,000,000円(運用利回り1%)
礼金:          300,000円(2年で償却)

運用益:  3,000,000 × 1% ÷ 12 = 2,500円/月
償却額:  300,000 ÷ 24ヶ月   = 12,500円/月

実質賃料: 150,000 + 2,500 + 12,500 = 165,000円/月

【事例B】
支払賃料:      170,000円/月
保証金:        なし
礼金:          なし

実質賃料: 170,000円/月

→ 支払賃料はBが高いが、実質賃料ではAがBに近い水準

事情補正

賃貸事例における特殊事情

賃貸借契約においても、特殊な事情が実質賃料に影響を及ぼしている場合があります。

特殊事情 内容 賃料への影響
親族・関係者間の賃貸 市場水準より低い賃料での賃貸 低い
建設協力金付き賃貸 テナントが建設資金を提供 低い
空室解消のための値引き 一時的な賃料減額 低い
テナント確保のための高額賃料 好条件のテナントを確保するための上乗せ 高い
立退き後の再賃貸 立退料の回収のための上乗せ 高い

補正の方法

【例】関係者間の賃貸で市場水準の90%の賃料の事例
実質賃料:   165,000円/月
事情補正:   100/90 ≒ 1.111
補正後:     165,000 × 1.111 ≒ 183,000円/月

時点修正

賃料の時点修正

賃貸事例の契約時点と価格時点(賃料を求める時点)との間に賃料水準の変動がある場合に修正を行います。

時点修正率 = 価格時点の賃料指数 ÷ 契約時点の賃料指数

時点修正に用いる指標

指標 内容
消費者物価指数(家賃指数) 住宅の家賃水準の変動を反映
オフィス賃料指数 事務所の賃料相場の変動を反映
同一地域の賃貸事例の推移 直接的な賃料変動を把握
地価変動率 間接的に賃料変動を推測する参考指標

計算例

【例】
契約時点:  2023年4月(賃料指数 102)
価格時点:  2025年1月(賃料指数 106)

時点修正率 = 106 ÷ 102 ≒ 1.039

実質賃料 183,000円の場合:
修正後:  183,000 × 1.039 ≒ 190,100円/月

地域要因の比較

賃料に影響する地域要因

地域要因の比較は、価格版と基本的に同じ考え方ですが、賃料水準に影響する要因に着目します。

種別 主な地域要因
住宅地 交通アクセス、生活利便施設、教育環境、周辺環境
商業地 繁華性、通行量、商業集積度、視認性
オフィス 交通アクセス、ビジネス環境、エリアのブランド力

計算例

【例】住宅の賃貸事例の地域要因比較
                    事例地域      対象地域      格差
交通アクセス         駅徒歩5分     駅徒歩10分    -8%
生活利便施設         充実          普通          -3%
周辺環境            閑静          やや騒がしい   -2%
──────────────────────────────────────────
地域要因の格差                                  -13%

地域要因の比較率 = 100/(100+13) ≒ 0.885

個別的要因の比較

賃料に影響する個別的要因

個別的要因の比較では、価格版の要因に加えて建物の賃貸条件に関する要因が加わります。

種別 主な個別的要因
土地 地積、形状、接道条件、方位
建物 築年数、構造、階数・階層、設備水準、管理状態
賃貸条件 賃貸面積、専用面積率、天井高、OAフロア有無

計算例

【例】事務所の個別的要因比較
                    事例物件      対象物件      格差
築年数              築10年        築15年        -5%
構造                RC造          SRC造         +3%
階層                3階           8階           +5%
設備水準            標準          やや良好      +3%
管理状態            普通          良好          +2%
──────────────────────────────────────────
個別的要因の格差                                +8%

個別的要因の比較率 = (100+8)/100 = 1.080

賃貸借の契約条件の比較

価格版との最大の違い

賃貸事例比較法に特有の比較項目として、賃貸借の契約条件の比較があります。賃貸借契約の内容が異なる場合、実質賃料の水準に影響を及ぼすため、これを適切に調整する必要があります。

主な契約条件の比較項目

項目 内容 賃料への影響
賃貸借期間 長期契約 vs 短期契約 長期ほど安定→やや低い傾向
一時金の授受 保証金・礼金の有無と金額 実質賃料で調整済み
更新条件 自動更新 vs 期間満了 契約安定性に影響
原状回復義務 借主負担の範囲 費用負担に影響
用途制限 用途の自由度 制限が少ないほど高い
転貸・譲渡の可否 サブリースの可否 可能なほど高い
中途解約条件 解約予告期間、違約金 条件により影響

総合計算例

【事例データ】
賃貸事例の実質賃料:  5,000円/m²・月(事務所)

【補修正】
事情補正:           100/100(正常な取引) = 1.000
時点修正:           106/102              ≒ 1.039
地域要因の比較:     100/108              ≒ 0.926
個別的要因の比較:   105/100              = 1.050

【比準賃料の算定】
比準賃料 = 5,000 × 1.000 × 1.039 × 0.926 × 1.050
        ≒ 5,000 × 1.009
        ≒ 5,045円/m²・月

対象不動産の賃貸可能面積が200m²の場合:
月額賃料 = 5,045 × 200 = 1,009,000円/月
年額賃料 = 1,009,000 × 12 = 12,108,000円/年

実際の鑑定評価では、複数の賃貸事例について比準賃料を算定し、各結果を比較検討したうえで最終的な比準賃料を決定します。


試験での出題ポイント

短答式試験

  • 賃貸事例比較法の定義と補修正項目の正誤判定
  • 実質賃料と支払賃料の違い
  • 価格版の取引事例比較法との異同
  • 賃貸借の契約条件に関する比較項目

論文式試験

  • 賃貸事例比較法の意義・手順を基準の文言に即して記述
  • 新規賃料の鑑定評価における賃貸事例比較法の位置づけ
  • 実質賃料の概念と計算方法

暗記のポイント

  1. 実質賃料: 支払賃料 + 一時金の運用益 + 一時金の償却額
  2. 補修正4段階: 事情補正 → 時点修正 → 地域要因比較 → 個別的要因比較
  3. 価格版との違い: 賃貸借の契約条件の比較が加わる
  4. 事例の選択: 新規の賃貸借等の事例を収集(継続賃料の事例は不可)
  5. 基準の位置: 各論第2章第1節(新規賃料の鑑定評価)

まとめ

賃貸事例比較法は、新規賃料の鑑定評価において実質賃料をベースに事例を比較する手法です。補修正の基本構造は価格版の取引事例比較法と同様ですが、賃貸借の契約条件に関する比較項目が加わる点が特徴です。取引事例比較法の補修正の考え方を理解したうえで、賃料版の特有の論点を押さえておきましょう。新規賃料の評価手法全体の中での位置づけも確認しておくことが重要です。