土砂災害防止法の概要|ハザードマップと価格影響
土砂災害防止法の概要
土砂災害防止法(正式名称:土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律)は、不動産鑑定士の鑑定評価の実務に関連する重要な法律です。最も重要なポイントは、土砂災害警戒区域(イエローゾーン)と土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)の指定要件と規制内容の違いを正確に理解することです。
※ 本法令は不動産鑑定士試験(行政法規)の37法令には含まれません。ただし、鑑定評価の実務において不動産の価格形成に影響を与える法令であるため、実務的な観点から解説します。
土砂災害防止法による区域指定は、不動産の鑑定評価において重大な減価要因となります。特にレッドゾーンでは特定の開発行為が許可制となり、建築物の構造規制が課されるため、不動産の利用可能性と市場性に大きな影響を及ぼします。
本記事では、土砂災害防止法の目的から区域指定の仕組み、行為規制、ハザードマップとの関係、鑑定評価への影響、実務での留意点までを体系的に解説します。
土砂災害防止法の目的と背景
制定の背景
土砂災害防止法は、平成11年(1999年)の広島豪雨災害を契機に、平成12年(2000年)に制定されました。この災害では、土砂災害により32名が犠牲となり、ソフト対策(警戒避難体制の整備、住宅等の新規立地の抑制等)の必要性が強く認識されました。
日本では毎年約1,000件の土砂災害が発生しており、土砂災害のおそれのある箇所は全国で約67万箇所に及びます。
法律の目的
この法律は、土砂災害から国民の生命及び身体を保護するため、土砂災害が発生するおそれがある土地の区域を明らかにし、当該区域における警戒避難体制の整備を図るとともに、著しい土砂災害が発生するおそれがある土地の区域において一定の開発行為を制限し、建築物の構造の規制に関する所要の措置を定めるほか、土砂災害の急迫した危険がある場合において避難に資する情報を提供すること等により、土砂災害の防止のための対策の推進を図り、もって公共の福祉の確保に資することを目的とする。
― 土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律 第1条
対象となる土砂災害の種類
土砂災害防止法が対象とする土砂災害は、以下の3類型です。
| 種類 | 内容 | 特徴 |
|---|---|---|
| 急傾斜地の崩壊(がけ崩れ) | 傾斜度30度以上で高さ5m以上の急傾斜地の崩壊 | 突発的に発生、速度が速い |
| 土石流 | 山腹が崩壊して生じた土石等が水と一体となって流下する現象 | 広範囲に被害が及ぶ |
| 地すべり | 土地の一部が地下水等の影響で緩慢に移動する現象 | 移動速度は遅いが広範囲 |
基礎調査
基礎調査の実施
都道府県知事は、土砂災害警戒区域等の指定に先立ち、基礎調査を実施しなければなりません(同法第4条)。基礎調査では、以下の事項を調査します。
- 地形、地質、降水等の状況
- 土砂災害の発生のおそれのある土地の区域
- 土砂災害が発生した場合に被害を受けるおそれのある区域
基礎調査の結果は、公表されます。この公表データは、ハザードマップの作成基礎データとして活用されるほか、不動産取引における重要事項説明の根拠にもなります。
基礎調査の進捗状況
国は基礎調査の完了を推進しており、令和5年度末時点で全国の基礎調査完了率は約97%に達しています。
土砂災害警戒区域(イエローゾーン)
指定要件
都道府県知事は、基礎調査の結果を踏まえ、土砂災害が発生した場合に住民等の生命又は身体に危害が生ずるおそれがあると認められる土地の区域を、土砂災害警戒区域(通称:イエローゾーン)に指定することができます(同法第7条)。
指定に伴う措置
イエローゾーンに指定されると、以下の措置が講じられます。
| 措置 | 内容 |
|---|---|
| 警戒避難体制の整備 | 市町村が警戒避難に関する事項を地域防災計画に定める |
| ハザードマップの作成・配布 | 市町村が土砂災害ハザードマップを作成し住民に配布 |
| 要配慮者利用施設の避難計画 | 高齢者施設・学校等に避難確保計画の作成と避難訓練の実施が義務化 |
| 不動産取引における重要事項説明 | 宅地建物取引業者は、宅建業法に基づき、イエローゾーン内にある旨を重要事項として説明する義務がある |
行為制限
イエローゾーンでは、開発行為や建築行為に対する直接的な行為制限は課されません。この点がレッドゾーンとの最大の違いです。ただし、重要事項説明義務があるため、不動産の市場性には影響を与えます。
全国のイエローゾーン指定数は約68万区域(令和5年度末時点)です。
土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)
指定要件
都道府県知事は、イエローゾーンのうち、土砂災害が発生した場合に建築物に損壊が生じ住民等の生命又は身体に著しい危害が生ずるおそれがあると認められる土地の区域を、土砂災害特別警戒区域(通称:レッドゾーン)に指定することができます(同法第9条)。
レッドゾーンは、イエローゾーンの中でも特に危険性が高い区域です。
行為制限の内容
レッドゾーンでは、以下の規制が課されます。
| 規制 | 内容 |
|---|---|
| 特定開発行為の許可制 | 住宅(自己居住用を除く)・社会福祉施設・学校・医療施設の建築のための開発行為は都道府県知事の許可が必要 |
| 建築物の構造規制 | 居室を有する建築物は、土砂災害の衝撃に耐えられる構造基準に適合しなければならない |
| 建築確認における審査 | 建築基準法に基づく建築確認で、構造基準への適合が審査される |
| 移転の勧告 | 都道府県知事は、著しい被害を受けるおそれのある建築物の所有者等に対して移転を勧告できる |
特定開発行為の許可基準
特定開発行為の許可に際しては、以下の基準を満たすことが必要です。
- 擁壁等の設置:土砂災害を防止するために必要な擁壁等の施設が政令で定める技術的基準に適合していること
- 安全な区域への建築:やむを得ず区域内に建築する場合は、土砂の衝撃に耐えうる構造とすること
全国のレッドゾーン指定数は約58万区域(令和5年度末時点)です。
ハザードマップと不動産取引
土砂災害ハザードマップ
市町村は、イエローゾーンの指定を受けた区域について土砂災害ハザードマップを作成し、住民に周知しなければなりません。ハザードマップには以下の情報が記載されます。
- 土砂災害警戒区域・特別警戒区域の範囲
- 避難場所・避難経路
- 土砂災害の種類(がけ崩れ・土石流・地すべり)
不動産取引における説明義務
宅地建物取引業法に基づき、宅地建物取引業者は、取引対象の不動産がイエローゾーンまたはレッドゾーン内にある場合、その旨を買主・借主に対して重要事項として説明する義務があります。
この説明義務の存在は、区域指定が不動産の市場流通性に影響を与える要因の一つです。購入検討者は重要事項説明を通じて土砂災害リスクを認識し、購入意欲や価格交渉に影響を及ぼすためです。
土砂災害防止法と鑑定評価
区域指定と価格形成への影響
土砂災害防止法による区域指定は、不動産の価格形成要因として重要な位置づけにあります。
| 区域 | 価格への影響 | 影響の程度 |
|---|---|---|
| レッドゾーン | 開発行為の許可制、建築物の構造規制、移転勧告の可能性 → 大幅な減価 | 非常に大 |
| イエローゾーン | 直接的な行為制限なし。ただし重要事項説明義務、心理的影響 → 一定の減価 | 中 |
| 基礎調査完了・未指定 | 将来の指定可能性が市場に織り込まれる | 小〜中 |
実証データに見る価格影響
国土交通省や学術研究による調査では、土砂災害警戒区域の指定による不動産価格への影響について、以下のような傾向が報告されています。
- レッドゾーン指定:周辺相場と比較して10%〜30%程度の減価が見られるケース
- イエローゾーン指定:周辺相場と比較して5%〜15%程度の減価が見られるケース
ただし、減価の程度は地域の災害経験、住民の防災意識、代替地の供給状況等によって大きく異なります。
鑑定評価上の留意点
不動産鑑定士が土砂災害防止法の区域指定地を評価する際には、以下の点に留意する必要があります。
- 区域指定の種類の確認:イエローゾーンかレッドゾーンかで規制内容が大きく異なる
- 最有効使用の判定:レッドゾーンでは建築可能な用途・構造が制限されるため、最有効使用の判定に影響する
- 取引事例の選択:区域指定の有無や指定時期を踏まえた事例の選択と補正が必要
- 個別的要因としての反映:行為制限による減価を個別的要因として適切に反映する
- 急傾斜地法との重複規制:急傾斜地崩壊危険区域との重複指定がないか確認する
鑑定評価の実務での留意点
重要な制度の整理
- イエローゾーンとレッドゾーンの違い:行為制限の有無が最大のポイント
- 対象となる土砂災害:がけ崩れ・土石流・地すべりの3類型
- 区域の指定権者:都道府県知事
- 特定開発行為:住宅(自己居住用を除く)等の開発行為に都道府県知事の許可が必要
- 建築物の構造規制:レッドゾーン内の居室を有する建築物に適用
- 基礎調査の実施主体:都道府県知事
- 重要事項説明義務:イエローゾーン・レッドゾーンともに対象
評価における着眼点
- 土砂災害防止法の区域指定が不動産の鑑定評価に与える影響
- イエローゾーンとレッドゾーンの規制内容の比較
- 災害リスクと不動産価格の関係
主要ポイントの整理
- イエローゾーン:警戒避難体制の整備、ハザードマップ作成、重要事項説明義務(行為制限なし)
- レッドゾーン:特定開発行為の許可制、建築物の構造規制、移転勧告
- 対象の3類型:急傾斜地の崩壊(30度以上・5m以上)、土石流、地すべり
- 指定権者:都道府県知事(基礎調査も都道府県知事)
- 特定開発行為の対象:住宅(自己居住用を除く)・社会福祉施設・学校・医療施設
- 自己居住用住宅は特定開発行為の許可不要(構造規制は適用される)
まとめ
土砂災害防止法は、土砂災害から国民の生命・身体を保護するための法律です。イエローゾーンでは警戒避難体制の整備とハザードマップの作成・配布が行われ、レッドゾーンではさらに特定開発行為の許可制と建築物の構造規制が課されます。
土砂災害防止法は行政法規の試験範囲外ですが、イエローゾーンとレッドゾーンの規制内容の違い、指定権者、特定開発行為の許可対象は実務上の重要な確認事項です。鑑定評価においては、区域指定の種類に応じた減価の程度を適切に見極め、価格形成要因として反映することが重要です。