立退料の位置づけ

不動産鑑定士試験において、立退料は借地借家法上の「正当事由」と密接に関連する重要な概念です。立退料とは、建物の賃貸人が賃借人に対して建物の明渡しを求める際に、正当事由を補完する目的で支払う金銭をいいます。立退料は借家権価格を基礎としつつも、移転費用や営業補償等を総合的に考慮して算定されます。鑑定評価では、立退料の算定に関与することがあり、その理論的根拠を正確に理解しておくことが求められます。

借家権とは、借地借家法(廃止前の借家法を含む。)が適用される建物の賃借権をいう。

― 不動産鑑定評価基準 総論第2章


立退料の法的位置づけ

借地借家法における正当事由

借地借家法では、建物の賃貸借契約の更新拒絶や解約申入れに際して、賃貸人に正当事由があることを要求しています。

建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。

― 借地借家法 第28条

正当事由の判断要素

正当事由は、以下の要素を総合的に考慮して判断されます。

要素 内容 具体例
建物の使用の必要性(賃貸人側) 自己使用の必要性、建替えの必要性 老朽化による建替え、自己居住の必要
建物の使用の必要性(賃借人側) 継続使用の必要性、代替物件の有無 営業上の必要性、他に適切な物件がない
従前の経過 契約の経緯、信頼関係 長期の賃貸借関係、地域貢献
建物の利用状況・現況 現在の利用状態、老朽化の程度 耐震不足、防災上の危険
財産上の給付の申出(立退料) 金銭的補償の提供 移転費用、借家権価格の補償

立退料は、正当事由の判断において「補完的な要素」として位置づけられています。すなわち、立退料の支払いだけで正当事由が成立するわけではなく、他の要素と合わせて総合的に判断されます。


借家権価格とは

借家権の概念

借家権とは、借地借家法が適用される建物の賃借権です。借家権は、借地借家法による法的保護(正当事由制度等)を背景として経済的価値を有します。

借家権価格の特徴

特徴 内容
取引慣行 借家権単独の取引慣行は一般に未成熟
価格の形成 主に立退きの場面で顕在化する
算定の困難さ 借地権と異なり、明確な市場価格が形成されにくい
正当事由との関連 正当事由の補完として金銭的に評価される

借家権価格の算定方法

借家権価格の算定方法は、主に以下の通りです。

方法1:割合法

借家権価格 = 建物価格 × 借家権割合 + 敷地の借地権相当額 × 借家権割合

借家権割合は、一般に30%程度とされることが多いですが、個別の事情により変動します。

方法2:賃料差額還元法

借家権価格 = 適正賃料と実際支払賃料の差額 × 一定期間

実際支払賃料が市場賃料よりも低い場合、その差額を一定期間にわたって享受できる経済的利益が借家権の価値の一部となります。


立退料の構成要素

立退料の内訳

立退料は、以下の要素を総合的に考慮して算定されます。

構成要素 内容 対象
借家権価格 借家権の消滅に対する補償 住居・店舗共通
移転費用 引越し費用、仮住まい費用 住居・店舗共通
営業補償 移転に伴う営業上の損失 店舗・事業用のみ
造作買取 賃借人が設置した造作の買取り 造作がある場合
慰謝料的要素 精神的損害に対する補償 居住用の場合に限定的

住居用と事業用の違い

項目 住居用 事業用(店舗等)
借家権価格 比較的低い 営業権も含むため高い傾向
移転費用 引越し費用中心 設備移設、内装工事費用等も含む
営業補償 原則なし 休業損失、得意先喪失等が加算
立退料の水準 賃料の数ヶ月〜数十ヶ月分 賃料の数十ヶ月〜数年分に及ぶ

立退料の算定プロセス

基本的な算定フロー

  1. 対象建物の現況把握 — 建物の構造、築年数、用途、立地等
  2. 賃貸借契約の内容確認 — 契約期間、賃料、更新の経緯等
  3. 借家権価格の算定 — 割合法、賃料差額還元法等
  4. 移転費用の算定 — 引越し費用、仮住まい費用等
  5. 営業補償の算定(事業用の場合) — 休業損失、得意先喪失損等
  6. 総合的な立退料の決定 — 各要素を合算し、正当事由の充足度合いを考慮

具体的な数値例:住居用

項目 金額
借家権価格 200万円
移転費用(引越し・仲介手数料等) 80万円
仮住まい費用 30万円
立退料の合計 310万円

具体的な数値例:事業用(飲食店)

項目 金額
借家権価格 500万円
移転費用(設備移設・内装工事等) 400万円
営業補償(休業損失3ヶ月分) 300万円
得意先喪失損 200万円
立退料の合計 1,400万円

事業用の場合は、営業補償が大きなウェイトを占めることが特徴です。


鑑定評価と立退料

鑑定評価における立退料の位置づけ

立退料そのものは鑑定評価基準に直接規定されている概念ではありませんが、鑑定士が関与する場面は多くあります。

  • 借家権価格の算定:裁判所からの依頼で借家権価格の鑑定評価を行う
  • 建付地の評価における考慮:立退きが必要な場合、立退料を費用として考慮
  • 再開発に伴う補償額の算定:再開発事業における権利変換で借家権を評価

借家権の鑑定評価基準の規定

借家権の鑑定評価額は、当事者間の個別的事情を考慮して適切に求めるものとする。この場合において、借家権が権利として取引される慣行のない場合においても、借家人の有する場所的利益、営業上の利益等に着目し、それらの経済的価値を判定して求めるものとする。

― 不動産鑑定評価基準 各論第1章

この規定は、借家権の取引慣行がない場合でも、経済的価値を判定して求めるべきことを示しています。


裁判例における立退料

裁判例の傾向

裁判例では、立退料は具体的な事案ごとの事情を考慮して決定されており、画一的な算定基準はありません。

判断要素 裁判例での考慮
賃貸人の使用の必要性 必要性が高いほど立退料は低く認定される傾向
賃借人の使用の必要性 必要性が高いほど立退料は高く認定される傾向
建物の老朽化 老朽化が著しいほど賃貸人の正当事由が認められやすい
代替物件の有無 代替物件が見つかりにくいほど立退料は高くなる
賃貸借の期間 長期間の賃貸借ほど賃借人の保護が厚い

立退料が認められない場合

以下の場合には、立退料なしで明渡しが認められることがあります。

  • 建物が極めて老朽化しており、倒壊の危険がある場合
  • 賃借人に重大な契約違反(用途違反、賃料の長期滞納等)がある場合
  • 賃貸人の使用の必要性が極めて高い場合

立退料と不動産の価格への影響

建付地の評価における立退料

テナントが入居する建物の敷地(建付地)を評価する際、最有効使用が現況と異なる場合は立退料を考慮する必要があります。

建付地の価格 = 更地の価格 − 取壊し費用 − 立退料 − 建付減価(その他)

立退料が高額になるほど、建付地の価格は低下します。

投資判断における立退料

不動産投資の実務では、テナントの立退きを伴う再開発を検討する際に、立退料は重要なコスト要素となります。立退料が過大になれば再開発の採算が合わず、現状利用の継続が最有効使用と判定されることもあります。


試験での出題ポイント

短答式試験

不動産鑑定士の短答式試験では、以下の論点が出題されます。

  • 借家権の定義:借地借家法が適用される建物の賃借権
  • 正当事由の判断要素:使用の必要性、従前の経過、利用状況、財産上の給付
  • 立退料の位置づけ:正当事由の「補完」であり、それだけで正当事由は成立しない
  • 借家権の鑑定評価:取引慣行がない場合でも経済的価値を判定して求める

論文式試験

論文式試験では、立退料に関する以下の体系的な論述が求められます。

  • 正当事由の補完としての立退料の法的位置づけ
  • 借家権価格の算定方法と立退料との関係
  • 住居用と事業用での立退料の構成要素の違い
  • 建付地の評価における立退料の考慮方法

暗記のポイント

  1. 借家権の定義 — 借地借家法が適用される建物の賃借権
  2. 正当事由の要素 — 使用の必要性(双方)、従前の経過、利用状況・現況、財産上の給付
  3. 立退料の構成 — 借家権価格 + 移転費用 + 営業補償(事業用のみ)
  4. 借家権価格の算定 — 割合法と賃料差額還元法が代表的
  5. 鑑定評価との関係 — 取引慣行がなくても経済的価値を判定して求める

まとめ

立退料は、借地借家法上の正当事由を補完する金銭的給付であり、借家権価格を基礎としつつ移転費用や営業補償を総合的に考慮して算定されます。事業用の場合は営業補償が大きなウェイトを占め、立退料は高額になる傾向があります。鑑定評価では、借家権価格の算定や建付地の評価を通じて立退料に関与します。

立退料の理解は、借地権の鑑定評価借家権と建物の評価の知識と密接に関連します。あわせて学習することで、権利の価格に対する理解がより深まるでしょう。