海岸法の概要

日本は四方を海に囲まれた島国であり、海岸線の総延長は約35,000kmにも及びます。古くから高潮・津波・波浪といった海岸災害が各地で発生しており、沿岸部の防護は国土保全上の重要課題でした。こうした背景の下、海岸法は1956年(昭和31年)に制定されました。

不動産鑑定士試験の行政法規37法令に含まれる海岸法は、出題頻度こそ低いものの、沿岸部の不動産評価に直結する法令です。海岸保全区域一般公共海岸区域における行為制限は、対象不動産の利用可能性に影響を及ぼし、価格形成要因の分析において重要な考慮事項となります。


海岸法の目的

この法律は、津波、高潮、波浪その他海水又は地盤の変動による被害から海岸を防護するとともに、海岸環境の整備と保全及び公衆の海岸の適正な利用を図り、もつて国土の保全に資することを目的とする。

― 海岸法 第1条

海岸法の目的は、大きく3つの柱で構成されています。

目的 内容
海岸の防護 津波・高潮・波浪その他海水又は地盤の変動による被害からの防護
海岸環境の整備と保全 海岸の自然環境の維持・向上
公衆の適正な利用 海岸への公衆のアクセスの確保と適正な利用

制定当初は「防護」が主な目的でしたが、1999年(平成11年)の改正により「環境」と「利用」が追加され、防護・環境・利用の調和を図る法律に発展しました。


海岸の区域区分

海岸法における区域は、海岸保全区域一般公共海岸区域の2種類に分けられます。これに加え、海岸法の適用対象外となる区域もあるため、全体像を正確に把握する必要があります。

海岸保全区域

海岸保全区域は、海岸法において最も重要な概念です。津波・高潮・波浪等の被害から海岸を防護するために、都道府県知事が指定する区域を指します。

都道府県知事は、海水又は地盤の変動による被害から海岸を防護するため海岸保全施設の設置その他第三条の規定による管理を行う必要があると認めるときは、海岸保全区域を指定することができる。

― 海岸法 第3条第1項

海岸保全区域は、陸地側水面側の両方に設定されます。

区域 範囲
陸地側の海岸保全区域 海岸保全施設(防潮堤・護岸等)から陸側の一定範囲
水面側の海岸保全区域 海岸保全施設から水面側(海側)の一定範囲

一般公共海岸区域

一般公共海岸区域は、海岸保全区域以外の公共の海岸のうち、他の法令(河川法・港湾法等)の管理区域に指定されていない区域です。

1999年の法改正で新たに導入された概念であり、従来は法律による管理の空白地帯であった海岸を、海岸管理者の管理下に置くことを目的としています。

区域 管理の根拠 制限の厳しさ
海岸保全区域 海岸法第3条 厳しい(許可制)
一般公共海岸区域 海岸法第2条の3 海岸保全区域に準ずる
他法令の管理区域 港湾法・河川法等 各法令による

海岸管理者

海岸管理者の定義

海岸管理者とは、海岸保全区域及び一般公共海岸区域を管理する主体です。原則として都道府県知事がこの役割を担います。

海岸保全区域の管理は、当該海岸保全区域の存する地域を統轄する都道府県知事が行うものとする。

― 海岸法 第5条第1項

ただし、例外があります。

管理者 該当する場合
都道府県知事 原則としてすべての海岸保全区域・一般公共海岸区域
市町村長 都道府県知事が市町村長を海岸管理者に指定した場合
主務大臣 国の利害に重大な関係がある海岸保全施設にかかる海岸保全区域

海岸管理者の権限

海岸管理者は以下の権限を有します。

  • 海岸保全施設の設置・管理: 防潮堤、護岸、突堤等の海岸保全施設を設置・管理する
  • 行為の許可・不許可: 海岸保全区域等における占用・土石採取等の許可権限
  • 監督処分: 違反行為に対する原状回復命令等の行政処分
  • 海岸保全基本計画の策定: 海岸保全のための基本計画の策定

海岸保全区域における行為制限

海岸保全区域では、海岸の防護を確保するために、一般の利用者に対して厳格な行為制限が課されます。

許可を要する行為

海岸保全区域内において、以下の行為を行おうとする者は、海岸管理者の許可を受けなければなりません。

行為 根拠条文 内容
土地の占用 第7条第1項 海岸保全区域内の土地を占用する場合
土石の採取 第8条第1項 海岸保全区域内で土石(砂・砂利・岩石等)を採取する場合
施設等の新設又は改築 第8条第1項 海岸保全区域内で施設その他の構造物を新設又は改築する場合
土地の掘削・盛土・切土 第8条第1項 海岸保全区域内で土地の形状変更を行う場合

海岸保全区域内において、海岸保全施設以外の施設又は工作物を設けて当該海岸保全区域を占用しようとする者は、主務省令で定めるところにより、海岸管理者の許可を受けなければならない。

― 海岸法 第7条第1項

水面における制限

海岸保全区域のうち水面部分においても、行為制限があります。

行為 内容
水面の占用 水面に施設を設けて占用する場合は許可が必要
土石の採取 海底の砂利・土石等の採取は許可が必要

許可基準

海岸管理者は、許可申請を審査する際に以下の点を考慮します。

  • 海岸の防護に支障がないか: 海岸保全施設の機能を阻害しないか
  • 海岸環境の保全に支障がないか: 自然環境に悪影響を与えないか
  • 他の利用者の妨げにならないか: 公衆の海岸利用を不当に制限しないか

一般公共海岸区域における行為制限

一般公共海岸区域においても、海岸保全区域に準じた行為制限がかかります。

許可を要する行為

行為 根拠条文
土地の占用 第37条の4
土石の採取 第37条の5
他の土地の利用に影響を及ぼすおそれのある行為 第37条の5

一般公共海岸区域の行為制限は海岸保全区域と類似していますが、海岸保全施設の保護という観点が加わらない分、やや制限が緩やかとされています。

海岸保全区域との比較

項目 海岸保全区域 一般公共海岸区域
指定権者 都道府県知事 法律上当然に成立
目的 海岸の防護 海岸の適正管理
行為制限 厳格(許可制) 海岸保全区域に準ずる
海岸保全施設 設置・管理の対象 原則として対象外

海岸法と他法令との関係

河川法との関係

海岸と河川の境界部分では、河川法と海岸法の適用が問題となります。河口部においては、河川法と海岸法の管理区域が接しており、いずれの法律が適用されるかは個別の区域指定によって決まります。

都市計画法との関係

海岸保全区域は、都市計画法の用途地域とは独立して指定されます。海岸に近い地域で用途地域の指定がある土地であっても、海岸保全区域に該当すれば、都市計画法による制限に加えて海岸法の制限も適用されます。

自然公園法・自然環境保全法との関係

自然公園(国立公園等)の区域内にある海岸については、自然公園法の規制と海岸法の規制が重複して適用される場合があります。


鑑定評価への影響

海岸法の制限が価格に与える影響

海岸法による区域指定は、対象不動産の利用可能性と収益性に影響し、価格形成要因の分析において重要な項目です。

区域 価格への影響
海岸保全区域内の土地 占用・工作物の設置等が許可制であり、利用制限が大きな減価要因となる
海岸保全区域に近接する土地 高潮・津波等の災害リスクが価格形成要因として考慮される
一般公共海岸区域に近接する土地 海岸へのアクセス性がプラス要因となる場合がある一方、災害リスクはマイナス要因

災害リスクと鑑定評価

近年、南海トラフ地震等の大規模地震に伴う津波被害への関心が高まっています。海岸保全区域の指定状況に加え、以下の要素も鑑定評価において考慮すべき事項です。

考慮事項 内容
津波浸水想定区域 津波発生時に浸水が想定される区域かどうか
津波の想定浸水深 想定される浸水の深さ
海岸保全施設の整備状況 防潮堤・護岸等の整備状況と耐震性
避難施設の有無 津波避難タワー・高台の有無

海岸沿いの土地の評価における留意点

海岸に面した土地の評価では、マイナス要因(災害リスク、行為制限)とプラス要因(景観、観光的価値)の双方を適切に判断することが求められます。

  • マイナス要因: 津波・高潮リスク、塩害による建物の劣化促進、行為制限
  • プラス要因: オーシャンビューの景観価値、観光・リゾート需要、海浜レクリエーションへのアクセス

試験での出題ポイント

短答式試験

  • 海岸保全区域の指定権者: 都道府県知事が指定する
  • 海岸管理者: 原則として都道府県知事(市町村長に指定可能)
  • 行為制限: 海岸保全区域内での占用土石採取施設の新設改築土地の掘削等は海岸管理者の許可が必要
  • 「海岸保全区域内では一切の建設行為が禁止されている」→ 誤り。許可を受ければ可能
  • 一般公共海岸区域: 海岸保全区域以外の公共海岸で、他法令の管理区域でない区域

論文式試験

  • 海岸保全区域の行為制限と不動産の鑑定評価への影響
  • 津波・高潮リスクと沿岸部の不動産の価格形成要因

暗記のポイント

  1. 海岸法の3つの目的: 防護環境利用
  2. 海岸保全区域の指定権者: 都道府県知事
  3. 海岸管理者: 原則として都道府県知事
  4. 海岸保全区域の行為制限: 占用土石採取施設新設改築掘削等 → すべて許可制
  5. 一般公共海岸区域: 1999年改正で導入された概念。海岸保全区域以外の公共海岸

まとめ

海岸法は、津波・高潮・波浪等の災害から海岸を防護するとともに、海岸環境の整備と保全及び公衆の適正利用を図る法律です。海岸保全区域では占用・土石採取・施設の新設改築等に海岸管理者の許可が必要であり、不動産の鑑定評価では利用制限と災害リスクの両面から価格形成要因を分析する必要があります。河川法と同様に、水辺に関する行政法規として対象不動産の個別的要因に影響する重要な法令ですので、価格形成要因の分析と併せて理解を深めておきましょう。