急傾斜地法の概要|崖地と建築制限
急傾斜地法の概要
急傾斜地法(正式名称:急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律)は、不動産鑑定士の鑑定評価の実務に関連する法律の一つです。最も重要なポイントは、急傾斜地崩壊危険区域に指定された区域内での行為制限を正確に理解することです。
※ 本法令は不動産鑑定士試験(行政法規)の37法令には含まれません。ただし、鑑定評価の実務において不動産の価格形成に影響を与える法令であるため、実務的な観点から解説します。
急傾斜地法は、崖崩れによる災害から住民の生命を保護するための法律であり、指定区域内では水の放流・切土・盛土等が制限されます。不動産の鑑定評価においては、急傾斜地崩壊危険区域の指定が重大な減価要因となるため、その影響を適切に評価に反映する必要があります。
本記事では、急傾斜地法の目的から区域指定の要件、行為制限、鑑定評価への影響、実務での留意点までを体系的に解説します。
急傾斜地法の目的
急傾斜地法は、急傾斜地の崩壊による災害から国民の生命を保護することを目的とした法律です。
この法律は、急傾斜地の崩壊による災害から国民の生命を保護するため、急傾斜地の崩壊の防止に関し必要な措置を講じ、もつて民生の安定と国土の保全とに資することを目的とする。
― 急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律 第1条
急傾斜地の定義
急傾斜地法における「急傾斜地」とは、傾斜度が30度以上である土地をいいます(同法第2条第1項)。この30度という数値は実務でも基本となる定義です。
| 用語 | 定義 |
|---|---|
| 急傾斜地 | 傾斜度が30度以上の土地 |
| 急傾斜地の崩壊 | 急傾斜地の土砂が自然現象により移動すること(地すべりを除く) |
| 急傾斜地崩壊危険区域 | 崩壊するおそれのある急傾斜地で、その崩壊により相当数の居住者等に危害が生ずるおそれのある区域 |
急傾斜地崩壊危険区域の指定
指定要件
都道府県知事は、以下の要件を満たす場合に、急傾斜地崩壊危険区域を指定することができます(同法第3条第1項)。
- 急傾斜地(傾斜度30度以上)であること
- その急傾斜地の崩壊により相当数の居住者その他の者に危害が生ずるおそれのあるものであること
- 急傾斜地の崩壊を防止するための施設の設置等が必要と認められること
指定の手続き
都道府県知事が急傾斜地崩壊危険区域を指定する際には、あらかじめ関係市町村長の意見を聴くとともに、その旨を公示しなければなりません。
指定状況
全国の急傾斜地崩壊危険区域の指定数は約11万箇所に及びます。特に広島県、長崎県、鹿児島県など傾斜地の多い地域で指定が多く、都市部においても丘陵地や台地の縁辺部で指定されているケースが少なくありません。
急傾斜地崩壊危険区域内の行為制限
制限行為の内容
急傾斜地崩壊危険区域内では、以下の行為を行う場合に都道府県知事の許可が必要です(同法第7条第1項)。
| 制限行為 | 具体例 |
|---|---|
| 水の放流・停滞 | 雨水の集中的な排水、浸透ます等の設置 |
| 立木竹の伐採 | 急傾斜地の樹木を伐採する行為 |
| 土石の採取・集積 | 土砂の採掘や盛土 |
| 切土・盛土 | 地盤を切り取る工事、土砂を盛る工事 |
| 工作物の設置 | 建築物・擁壁等の設置 |
| その他 | 急傾斜地の崩壊を助長・誘発するおそれのある行為 |
許可の基準
都道府県知事は、許可申請があった場合に、その行為が急傾斜地の崩壊を助長し、又は誘発するおそれがないと認めるときに限り、許可をすることができます。
つまり、原則として崩壊を助長・誘発するおそれのある行為は許可されません。
行為制限の例外
以下の場合は、許可を受ける必要がありません。
- 非常災害のために必要な応急措置として行う行為
- 急傾斜地崩壊防止工事のために行う行為
- 通常の管理行為、軽易な行為その他の行為で政令で定めるもの
急傾斜地崩壊防止工事
工事の実施主体
急傾斜地崩壊防止工事(崖崩れ対策工事)は、原則として都道府県が施行します(同法第12条)。これは、急傾斜地の崩壊が広範囲にわたって被害を及ぼす可能性があり、個人の負担だけでは対応が困難であるためです。
工事の内容
急傾斜地崩壊防止工事の主な内容は以下のとおりです。
| 工事の種類 | 内容 |
|---|---|
| 法面保護工 | コンクリート吹付け、モルタル吹付け等で法面を安定化 |
| 擁壁工 | コンクリート擁壁の設置による崖面の安定化 |
| 排水工 | 地表水・地下水の排除による地盤の安定化 |
| アンカー工 | グラウンドアンカーによる斜面の安定化 |
| 落石防止工 | 落石防護柵・落石防護網の設置 |
費用負担
工事費用は原則として都道府県が負担しますが、国が費用の一部を補助します。また、急傾斜地の崩壊が施設または工作物の設置・管理の瑕疵に起因する場合は、その施設等の設置者・管理者に費用の一部を負担させることができます。
急傾斜地法と鑑定評価
区域指定と価格形成への影響
急傾斜地崩壊危険区域に指定された土地は、不動産の鑑定評価において重要な減価要因となります。
| 影響の種類 | 内容 |
|---|---|
| 行為制限による減価 | 切土・盛土・建築行為等に許可が必要で、利用が制限される |
| 心理的減価 | 崩壊のおそれがある区域として、需要者の忌避感が生じる |
| 開発コストの増大 | 崩壊防止のための擁壁設置等、追加的な工事費用が必要 |
| 保険料の増加 | 災害リスクの高い区域として保険料が割高になる可能性 |
鑑定評価上の留意点
不動産鑑定士が急傾斜地崩壊危険区域内の土地を評価する際には、以下の点に留意する必要があります。
- 区域指定の有無の確認:対象地およびその周辺が急傾斜地崩壊危険区域に指定されているかどうかを調査する
- 崩壊防止工事の有無:都道府県による急傾斜地崩壊防止工事が施行済みか、施行予定があるかを確認する
- 個別的要因としての考慮:区域指定による行為制限を個別的要因として適切に反映する
- 土砂災害防止法との重畳:土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)等との重複指定がないかも確認する
隣接地への影響
急傾斜地崩壊危険区域の指定は、区域内の土地だけでなく、隣接する土地の価格にも影響を与えます。崖の下方に位置する土地は崩壊による被害を受けるおそれがあり、崖の上方の土地は崩壊により地盤が失われるおそれがあるためです。
鑑定評価においては、こうした崖地近接による影響を適切に評価に反映する必要があります。
関連法令との比較
急傾斜地法は、他の災害防止関連法令と密接に関連しています。
| 法律 | 対象 | 主な規制 |
|---|---|---|
| 急傾斜地法 | 傾斜度30度以上の土地 | 急傾斜地崩壊危険区域での行為制限 |
| 土砂災害防止法 | 土砂災害のおそれのある区域 | 警戒区域での開発規制・建築制限 |
| 建築基準法 | 崖に近接する建築物 | 崖から一定距離の離隔、擁壁の設置義務 |
| 宅地造成等規制法 | 宅地造成工事規制区域 | 切土・盛土の規制 |
実務上は、これらの法律の規制対象や規制内容の違いを比較して整理しておくと理解が進みます。
鑑定評価の実務での留意点
重要な制度・数値の整理
- 急傾斜地の定義:傾斜度30度以上の土地
- 区域指定の要件:崩壊のおそれ + 相当数の居住者等への危害のおそれ
- 指定権者:都道府県知事
- 制限行為の種類:水の放流・立木竹の伐採・切土盛土・工作物の設置等
- 許可権者:都道府県知事
- 工事の施行主体:原則として都道府県
評価における着眼点
- 急傾斜地法の規制が不動産の鑑定評価に与える影響
- 急傾斜地法と土砂災害防止法の比較
- 崖地近接による不動産価格への影響の評価方法
主要ポイントの整理
- 急傾斜地の定義:傾斜度30度以上
- 区域の指定権者:都道府県知事
- 行為制限の許可権者:都道府県知事
- 制限行為:水の放流・立木竹伐採・土石採取・切土盛土・工作物設置
- 工事の施行主体:都道府県
- 例外行為:非常災害の応急措置、崩壊防止工事、通常の管理行為
まとめ
急傾斜地法は、傾斜度30度以上の急傾斜地の崩壊による災害から国民の生命を保護するための法律です。都道府県知事が指定する急傾斜地崩壊危険区域内では、切土・盛土・建築行為等に都道府県知事の許可が必要であり、崩壊を助長するおそれのある行為は原則として許可されません。
急傾斜地法は行政法規の試験範囲外ですが、急傾斜地の定義(30度以上)、区域指定の要件、行為制限の内容は実務上の基礎知識です。鑑定評価においては、区域指定による減価のほか、心理的要因や開発コストの増大を考慮し、価格形成要因として適切に評価に反映することが重要です。