試算価格の調整プロセスとは

不動産鑑定士試験において、試算価格の調整は鑑定評価の手順の中で最も高度な専門的判断が求められるステップです。複数の手法により求められた試算価格を再吟味し、それぞれの説得力を判断して、最終的な鑑定評価額の決定に導きます。

基準では、試算価格の調整について次のように定めています。

試算価格の調整とは、鑑定評価の複数の手法により求められた各試算価格の再吟味及び各試算価格が有する説得力に係る判断を行い、鑑定評価における最終判断である鑑定評価額の決定に導く作業をいう。

― 不動産鑑定評価基準 総論第8章第8節

試算価格の調整は機械的な平均や加重平均ではないという点が、試験で最も重要なポイントです。本記事では、調整プロセスの具体的な手順と判断基準を解説します。


試算価格の調整の位置づけ

手順における位置

試算価格の調整は、鑑定評価の手順第8ステップに位置します。

ステップ 内容
7 鑑定評価方式の適用(三方式)
8 試算価格の調整
9 鑑定評価額の決定・報告書作成

鑑定評価方式の適用で複数の試算価格が求められた後、それらを総合的に検討して鑑定評価額の決定に導くのが調整の役割です。

なぜ調整が必要か

三方式の適用により求められる試算価格は、通常一致しません。これは、各手法が不動産の価値の異なる側面に着目しているためです。

手法 着目する側面 試算価格
原価法 費用性(いくらかかるか) 積算価格
取引事例比較法 市場性(いくらで取引されるか) 比準価格
収益還元法 収益性(いくら稼げるか) 収益価格

例えば、賃貸用マンションの評価で以下の試算価格が得られた場合を考えます。

積算価格: 2億5,000万円(建設費ベース)
比準価格: 2億8,000万円(類似物件の取引価格ベース)
収益価格: 2億6,500万円(賃料収入ベース)

この3つの価格のどれが最も信頼できるか、どのように重みづけるかを判断するのが調整のプロセスです。


調整プロセスの3段階

試算価格の調整は、大きく3つの段階を経て行われます。

第1段階:各試算価格の再吟味

まず、各手法により求められた試算価格について算定過程の適切性を再確認します。

再吟味の視点:

  • 手法の適用に当たって採用した資料は適切か
  • 事例の選択は妥当か(取引事例比較法の場合)
  • 純収益の査定は合理的か(収益還元法の場合)
  • 再調達原価・減価修正は適切か(原価法の場合)
  • 各手法の計算過程に誤りはないか
  • 対象不動産の種類に対して当該手法は適合的か

再吟味の結果、明らかな誤りが発見された場合は、手法の適用に戻って修正を行います。

第2段階:各試算価格が有する説得力の判断

再吟味を経た各試算価格について、それぞれが持つ説得力(信頼度・重要度) を判断します。これが調整プロセスの核心部分です。

基準では、説得力の判断に際して以下の観点を挙げています。

各試算価格の調整に当たっては、各試算価格の再吟味を行い、各手法に共通する価格形成要因に係る判断の整合性について検証するとともに、対象不動産の典型的な市場参加者の属性等を踏まえた各手法の適用の妥当性を検討すべきである。

― 不動産鑑定評価基準 総論第8章第8節

説得力の判断基準:

判断基準 内容 具体的な検討事項
資料の信頼性 採用した資料の質と正確性 データの出所、最新性
資料の豊富さ 採用した資料の量的十分性 事例数、データ数
手法の適合性 対象不動産に対する手法の適合度 不動産の種類と手法の親和性
市場参加者の行動 市場参加者がどの側面を重視するか 投資家は収益性、居住者は市場性を重視

第3段階:鑑定評価額の決定

各試算価格の説得力を判断した結果を踏まえ、最終的な鑑定評価額を決定します。鑑定評価額は、説得力の高い試算価格を中心に据えつつ、他の試算価格も参酌して決定されます。


説得力の判断の具体例

住宅地の更地の場合

比準価格: 3,500万円(近隣の取引事例5件から算定)
収益価格: 3,200万円(賃貸住宅を想定した収益から算定)
(原価法は既成市街地のため直接適用せず)

判断: – 住宅地の更地の市場では、自己使用目的の取引が主流であり、典型的な市場参加者は収益性よりも市場での取引価格を重視する – 取引事例は5件と豊富で、いずれも適切な事例 – 収益価格は投資前提の価格であり、住宅地の需要者の判断とはやや乖離がある

比準価格を重視し、収益価格を参酌して鑑定評価額 3,450万円と決定

賃貸オフィスビルの場合

積算価格: 8億円(土地価格+建物の再調達原価−減価)
比準価格: 9億2,000万円(類似ビルの取引事例3件から算定)
収益価格: 8億8,000万円(NOIベースで算定)

判断: – 賃貸オフィスビルの市場では、投資家が主要な市場参加者であり、収益性を最も重視する – 収益価格の算定に用いた賃料・利回りのデータは信頼性が高い – 取引事例は3件とやや少なく、個別性が強い – 積算価格は建物の減価修正に一定の不確実性がある

収益価格を重視し、比準価格・積算価格を参酌して鑑定評価額 8億9,000万円と決定


試算価格の調整で避けるべきこと

単純平均・加重平均の禁止

試算価格の調整において最も重要な禁止事項は、機械的な平均をとることです

NG 理由
3つの試算価格の単純平均 各手法の説得力を無視している
一律の加重平均(例:比準50%、収益30%、積算20%) 画一的なウェイト付けは鑑定士の専門的判断を放棄している
最も高い価格と最も低い価格の中間値 根拠のない折衷

鑑定評価額の決定は、個々の案件ごとに、対象不動産の特性と市場の状況を踏まえた専門的判断に基づくべきものです。

根拠の不十分な判断

「何となく」「経験的に」といった根拠の不明確な判断も避けるべきです。調整の過程と判断理由は鑑定評価報告書に明確に記載する必要があり、第三者が検証可能な論理的根拠が求められます。


規範性の検討

規範性とは

試算価格の調整においては、各試算価格の説明力(データの裏付けに基づく説得力)とともに、規範性の検討も重要です。

規範性とは、鑑定評価の依頼目的に照らして、各試算価格がどの程度「あるべき価格」を示しているかという観点です。

説明力と規範性の関係

概念 内容
説明力 データの裏付けに基づく信頼度 取引事例が豊富 → 比準価格の説明力が高い
規範性 「あるべき価格」としての妥当性 正常価格を求める場合、市場の合理性を反映すべき

両者が整合する場合は判断が容易ですが、乖離する場合には慎重な検討が必要です。


試算価格の調整と鑑定評価額の決定

鑑定評価額の決定

試算価格の調整を経て決定される鑑定評価額は、鑑定士の最終的な判断として示される金額です。

鑑定評価額の決定に当たっては、鑑定評価の手順の各段階について客観的、批判的に再吟味し、その結果を踏まえて鑑定評価額を決定しなければならない。

― 不動産鑑定評価基準 総論第8章第8節

鑑定評価額の決定は、単に試算価格の調整結果だけではなく、手順の全段階にわたる再吟味を経て行われるものです。

鑑定評価額の表示

鑑定評価額は、「金○○円」 と確定金額で表示します。価格帯や概算で表示することは原則として認められていません。


試算価格の調整と他のステップとの関係

試算価格の調整は、鑑定評価の手順の最終段階に近い作業ですが、その判断は手順全体の適切性に依存しています。

前のステップ 調整との関連
基本的事項の確定 求める価格の種類が調整の方向を規定
価格形成要因の分析 市場参加者の属性が説得力の判断基準に影響
手法の適用 各試算価格の算定過程が再吟味の対象

試験での出題ポイント

短答式試験

  • 試算価格の調整は単純平均ではないこと
  • 調整の定義(基準の条文)を正確に覚えること
  • 再吟味説得力の判断の2段階で行われること
  • 説得力の判断基準(資料の信頼性・豊富さ・手法の適合性)
  • 鑑定評価額は確定金額で表示すること

論文式試験

  • 試算価格の調整の意義と具体的手順の論述(最頻出テーマの一つ)
  • 「説得力に係る判断」の内容と判断基準の具体的な記述
  • 特定の事案を前提にした調整の考え方の論述
  • 規範性と説明力の関係についての検討

暗記のポイント

  1. 調整は再吟味説得力の判断の2段階
  2. 単純平均・機械的加重平均は禁止
  3. 説得力の判断は資料の信頼性・豊富さ・手法の適合性・市場参加者の行動から判断
  4. 鑑定評価額は確定金額で表示
  5. 鑑定評価額の決定は手順全体の再吟味を踏まえて行う

まとめ

試算価格の調整は、複数の手法により求められた各試算価格を再吟味し、説得力を判断して鑑定評価額の決定に導く、鑑定評価で最も高度な専門的判断が求められるプロセスです。機械的な平均は認められず、対象不動産の特性と市場の状況を踏まえた個別的判断が必要です。

試験では論文式試験の頻出テーマであり、調整の定義・手順・判断基準を基準の文言に即して正確に論述できることが求められます。

調整の前段階である鑑定評価方式の適用、および試算価格の比較の考え方については試算価格の比較と検討も参照してください。